霊術家と呼ばれた治療家たち。 釈迦と手あて療法 伯家神道と手かざし 大本教団と手あて思想
大本の開祖、聖師の「手あて療法」 手あて療法・補追資料 大衆療法としての「手あて法」 なぜ「手あて」は効くか
本当の健康法 初の座・真手とは何か 塩谷博士と真手の技 岡田茂吉の浄霊
真光と岡田光玉、手かざしの大衆化 岡田、大沢両博士の「手あて」問答 浮霊は危険なのか? 岡田茂吉の霊査
プラシーボ仮説について 真手 真息吹 真手による浄霊

霊術家と呼ばれた治療家たち。

大正から昭和十年代(戦前)まで日本では霊術家と呼ばれる治療家が大活躍し、一大ブームを巻き起こした。
その中心をなしたのは、「手あて」「手かざし」等の手のひら療法であった。

因みに戦前の手あて、もしくは手かざし療法に関連がある団体の主なものだけ記すと以下のようなものが存在した。霊氣、太霊道、手のひら治療研究会、人体ラジウム学会、心王教本院、東洋人道教会、帝国心霊研究会、大日本天命学院、修霊鍛身会、生道学会、霊氣還元療院、日本心霊学会、心身改善講習会、霊道修養会、自然霊能研究会、自然療能力法伝習会、生氣療法研究所、活霊会、大日本霊学研究会、養氣術療院、霊能院、等々、驚くべき人材を輩出している。

ところがそのほとんど戦後、時代と共に闇へ葬り去れてしまった。

現在、「手あて」「手かざし」というと、日本では大本系の教団が主流だが、意外に思われるかも知れないが、この手のひら療法が最も普及しているのがアメリカだと言われているのである。(これは「レイキ」と呼ばれるハンドヒーリングが中心となっているようだ)

ここでは、「手あて」「手かざし」についての資料を検証してみたい。



釈迦と手あて療法

キリストの「手あて療法」については一般によく知られているが、釈迦の「手あて療法」についてはあまり知られていない。最近「釈迦の医学」や「仏教医学の研究」などの大著が次々と出ているが、釈迦の「手あて療法」についていっこうに紹介されていないのが遺憾である。次に経典の中から二、三「釈迦の手あて」について触れてみたい。

国訳一切教(経集部二)仏説浄飯王般涅槃教に

“王、仏の到るを見て、遙かに両手を挙げ、足を接して言く、「唯願わくは如来よ、手を我が身に触れ、我をして安きを得しめよ」・・・・・仏袈裟の裏より金色の臂を出す。掌は蓮華の如し、即ち手を似て父王の額上に著く・・・・・”

この経典は釈迦の父の浄飯王の臨終について書いたお経である。この中の“手を我が身に触れ、我をして安きを得しめよ”とあるのをみれば、父王はすでに釈迦の「手あて」に満腔の信頼をよせていることがよくうかがえる。恐らく釈迦の「手あて」はこれまでもしばしば行われ、奇跡的効果をあらわしていたものであろう。“即ち手を似て父王の額上に著く”とあって、父の額の上に「手あて」をしたものであろう。

この経典の一句を見て思うことは、父王が臨終の病床で釈迦に求めたことは譲位でもなく、医療、医薬でもなく、ただ「手あて」を最上のものとして欲求されたことである。
“唯願わくは如来よ、手を我が身に触れ、我をして安きを得しめよ”と言っている。一国の国王が臨終に際して求めたのはお経よりも「手あて」だったのである。“唯願わくは如来よ、手を我が身に触れ、我をして安きを得しめよ”とある如く、「手あて」をして病気を治してくれとはいっていない。「手あて」にすがって安心立命を得ようとしているのである。「手あて」は実際に患者に安心感を与えるものである。ことに重病者は生気(霊気)枯渇しているから人膚を欲するものでありいろいろな方法でこれを求めるものである。手をあて、撫で、擦するだけで目に見えない生気、霊気が補足されるから満足感が湧き安心が得られるのである。

父王のいまわの求めに応じて釈迦はさっそく“手を似て父王の額上に著く”、すなわち額に「手あて」を施されたというのである。悪霊邪神は多く背後から出入りされ、善神善霊は眉間から出入りするといわれるから「額上手あて」がこの際は一番合理的だと思う。すなわち、よい霊気を受け入れるに最も適わしい場所だからである。この場合の「手あて」は病気治療(肉体救済)の意味よりも霊的救済(たましいの安心、永遠の救済)が主になっているのである。実際に「手あて療法」を受けている患者の死はいかにも安楽であり穏やかである。また苦しんでいるものでも「手あて」をするといかにも安らかに楽になることが現実に確かめられることが多い。だから「手あて」はたんに肉体的な病気を治すだけではなく、魂の安定、霊的救済の意識をもつものであると確信させられるのである。

つぎに、同じく仏説浄飯王般涅槃教に

“時に浄飯王は是の語は聞き己りて歓喜踊躍して、自ら勝ゆる能はず。即ち自らの手を似て仏手を捉り、其の心上に著く、王は臥処に於いて、仰向に合掌し・・・・”

とあり、これは父の浄飯王が、我が子(釈迦)の入り来たれるをみて喜びにたえず、自ら釈迦の手をとって自分の心臓の上にその手をつけさせ、自分は臥処しながら静かに合掌しているさまをあらわしている。また曰く

“王、臥処に於いて、合掌して心に世尊の足下に礼す。時に仏の手掌は、故に王心に住り、無常対至し、命尽きて気絶え、王は歓喜踊躍して逝きたり”

とある。これによると釈迦は父浄飯王の臨終の際まで、王の心臓部に「手あて」をして、その病苦をやわらげると同時に、さらに父王の霊的な向上と、魂の安住について尽くされたことと察しられる。

「奇蹟のハンド・ヒーリング」三浦一郎 著


伯家神道と手かざし

神道には精進潔斎はあっても行法はない、と思いこんでいる人も以外に多い。そうした中で、ここでは伯家神道を中心とした古神道の行法についてふれてみた。

この伯家神道は、明治維新まで八百年以上にわたり、代々神祗伯を継承してきた白川伯王家に伝承されてきた古神道で、白川伯王家は宮中祭祀を司ってきた家柄である。その行法はもともと菊のカーテンの奥深いところで〈天皇の行〉として行われていたこともあって、一般的には知られることがなかった。とくに、明治維新にともない伯王家が廃止されたため、その行法はほとんど埋没してしまった。

私は、昭和五十七年から五十九年にかけて大津と東京で二回ずつ、その行法を学ぶ〈伯家神道斎修会〉に参加する機会をもった。それは、目をつぶっての行法であり、本来、口外してはならない秘密の事柄なのだが、そこでのそこばくたる体験をもとに、私の神道に関する持てる限りの知識を総動員して、この伯家神道の行法の本質に迫ってみた。

一言で言うと、それは生命力を強め、神々と一体化していくための、神ながら〈鎮魂法〉であった。その過程で、手かざしによる浄霊なども行われるのだが、明治天皇はみずから、この行をうけられ、三千柱以上を“ご浄霊”されたという。

この伯家神道の行法は、ある面では生長の家の神想観や白光真宏会の精神統一行に、また別の面では崇教真光や世界真光文明教団などの、大本→世界救世教系の浄霊法とよく似ているのである。


大本教団と手あて思想

生長の家や世界救世教の本家である大本教団ではいったいこの「手あて療法」についてどう考えているのだろうか。出口王仁三郎翁は「玉鏡」のなかで

“釈迦が成道して山を出て、父浄飯王に会見した時、王は仏足(釈迦の足)を頂いて礼拝をしたと記されているが、それは実際に親への孝行い゛あって、永年の修行によって得た霊徳を父に贈与する最もよい方法であったのである。元来霊気は四肢の指先に於いて最も多く放射するものである。特に足の指先が一番多く霊を放射するのであるから、釈迦が足を父の額につけて、先づ一番に父に霊徳を頒たむとしたのである。満足したといい、足らうといい、円満具足といい、皆足の字がつくのは、この理由からである。”

と言っているように、“四肢の指先”から放射する霊気が最も強く、しかも霊気はこれを、指先を通じて他人に伝達することができることを示している。また同じく「水鏡」のなかにはこれを「人体電気」または「生気」という言葉で表している。また「霊界物語」のなかには霊衣(または霊光、円光、円相ともいう)の作用などについて書いているが、霊衣、霊光、円相の広いもの狭いもの、厚いもの薄いもの、その色彩の鮮やかなもの然らざるもの、またその色彩にも紫、橙、青、赤その他等があり、また波状形のものなどがあって、これを一見するとその人の霊的状態がすぐ判明するといわれている。信仰厚く徳の高いものは、霊衣も広く厚く、色彩もあざやかであり、紫雲あいたいたるものがあり、薄徳のものは反対に霊衣も狭く薄く、色も黒ずんで暗褐色を呈している。「霊界物語」によると、神の道を伝える宣伝使が悪魔に取り囲まれたとき、鎮魂の姿勢をとって指頭を頭に向けると、指頭から御光が放射して魔軍を霊縛したり、散々に悩ましている場面などが描かれている。また宣伝使の合掌の指頭から五色の光芒を発して五尺〜六尺の前方を照射している場面も出ている。大本的にみるならば患部に手をあてて病気が治るという現象は、結局この霊衣(霊光・霊気)の応用にすぎないようである。

信仰と愛善(慈愛)の徳によって培われた霊衣、霊光、霊気はすべての身体の末端を通じて他に伝達または放射されるものであることが示されている。たとえば、四肢の指頭を通じて、または舌の先、唇、息吹(呼吸)、音声(言霊・言葉)、眼光、その他を通じて伝達される。ゆえに本来の「手あて療法」には、「手あて」と同時に、吮う、なめる、吹く、言霊(慈言、愛語)、見守り(看護)等を伴うものである。そういう意味で「手あて療法」には元来家庭療法として普及発達せしむべき性質をもっている。大衆的にこれを行う場合、法律的にいろいろな制限を受けることが予想される。そこで世界救世教等では、直接患部に触れることなく、間隔をおいて患部に手を振りかざすだけであるが、それでも奇跡的効果をみることが多いと聞いている。

これに対し、大本教団では「御手代」という杓子の形をしたものに出口王仁三郎聖師の拇印を押したものを下付し、これで神へお取り次をして病をいやすという方法をとっている。

「御手代」という名称は恐らく「御手の代わり」ということであって出口聖師が患部に手をつけて下さる代わりに、手掌を形どった杓子に聖師の拇印を押して、みんなに渡し、病気お取り次ぎをさせて聖師の代わりをせさているのだと思う。また沢山の信者やその他の人らに聖師自身が「手あて」していたのでは、本来の大きな御用を見失ってしまう恐れがあるし、また信者自身の手を大衆の体にあてて病気を治させることは、これまた法律上の問題を起こす可能性があり、お筆先にも“医者や、あんまの真似はささんぞよ”との戒めもあったりするので「御手代」お取り次ぎという形式をとるに至ったのであろうと思う。実際には直接患部に手を当ててお取り次ぎをして頂いた方がいっそう効果があるように思う。

王仁三郎聖師が晩年病床にあるとき、“誰か手のすいているものは来い”といって側近者を呼び、ご自分の患部に手を付けさせられたと聞いている。そして仰るには“朝晩神様に手を合わせている人の手は、格別によく効くから、病人があったら離れにでもよく手を当ててやれよ、昔から「手あて」というだろう、手あてがよかった、手あてがおくれたとね、手から霊気が出るやで・・・・・・”と教えられたという。古代ギリシャの神文にいう“合掌して接手すれば万病癒ゆべし”という前記の教えと似ている。

自分のことを申し上げては恐縮であるが、筆者の家内、玖仁子はあたかも出口翁が刑務所を出られたその日から、昭和二十三年一月十九日のご昇天の日まで、足かけ七年間、翁の側近に奉仕させて頂いたもので、前記の内容は家内の玖仁子から直接聞いたもので正真正銘のものである。

また出口翁の著書のなかに、徳の高い人の霊衣にふれ、霊衣に包まれると、ふんわりと真綿で包まれたような柔らかい温かいものを感じ、人の心の痛手や傷をいやすとともに、肉体の病気をもいやし、草木や作物を育成する力があると書いている。翁は天恩郷の樹木を一本々々なでて歩かれ、よく霊をこめて見回って歩かれるから天恩郷の樹木の勢いがよいのだとも書いている。

「奇蹟のハンド・ヒーリング」三浦一郎 著


大本の開祖、聖師の「手あて療法」

大本の開祖出口なお、聖師出口王仁三郎によって救われた難病者は無数であるが、左に文献中から「手あて」によるものだけ二、三を掲出する。

(1)“出口の教祖、舘の副林安之助の熱心なる以来に任せ、帰途しばし其家に息らひけるに、比村の信者の子に、村上吉之助といへる者、腹水病にて長く病ひ、医者も早や手を放して、只死を待つより外に栓術なきものありたれば、波の親兄弟の頼むに任せ、其家に至り給ひ、静かに御手を当てて、息子よ心安らかれ、爾の罪は、今後三十日の間に恕さるべし。ただ神を信ぜよと、御言葉を賜いて帰られしが、果たして三十日目に腹の水自ずから出て、病全く癒えたりけり”(王仁文庫「多満乃礎」)

(2)“同じ村に、西村某といへる少女、鬼に憑かれて四とせ五とせ前より猛り狂ひて、親兄弟、親族、村人に頬累を掛けたりしが、王仁上谷にて修行なしける時、彼の母伴ひ来たりて救助を乞ふ。王仁直ちに言葉もて鬼を逐ひ出しけるに、鬼驚きて娘を地の上に押し倒して逃げ出しけり。その時娘の身は硬化して石の如く、ただ眼のみギロギロと光て、物凄きこと言はん方なし。王仁静かに娘の額に手を当てて、「爾恕さん」と言いへるに、その娘声諸共に起き上がりて、病全く癒えたり”(王仁文庫「多満乃礎」)

次に揚げる一文は出口翁が大正十二年蒙古にいったおりに、蒙古人の頻死の病者を言霊と「手あて」で救った一例である。

(3)“ある日ウッタナストの隣家に三十人ばかりの喇嘛僧が集まって、朝の六時ごろから夕方まで陀々仏陀々々々々と、のべつ幕なしに経文をあげているので、王仁は怪しんでその家に入り、のぞいて見ると一人の大病人を真ん中において喇嘛が一生懸命の祈願をやっていた。病人はだんだんと苦しむばかりで少しも快方にに向かわない。喇嘛のいうのには「一日も早く国替えさして天国に救い、病気の苦を救うために臨終に早くなるように祈願しているのだ」と言っている。そこで王仁は家の主人に向かい「即座にこの病気をなおしてやろうか」といったら、主人は低頭平身して祈祷を頼んだ。王仁はただちに数多の喇嘛に会釈し、病人の額に軽く手をのせ「悪魔よ去れ」と一喝した。たちまち大熱はさめ、その場で病人がムクムクと起きあがり、嬉しそうにゲラゲラと笑い出した。あまりの奇瑞に喇嘛僧は驚いて、ますます王仁を大活仏として尊敬するようになった”(王仁入蒙記)

とあるように、病人の額に手をあてたということと、悪魔よ去れ、と一喝したこととを考えると、「手あて療法」に言霊法を加えて治療効果を大きくしていることが注目される。

大本の神書「霊界物語」第一巻に、出口翁が霊界修行中に全身に傷をうけたとき「惟神霊幸倍坐世」(かんながらたまひちはいませ)と唱えて両手の掌に二回気吹きを吹きかけ、その手掌をもって全身をなでさすったら、立ちどころに傷が癒えた、と書きしるされているなど、至るところに「かむながら手あて療法」の臨機応変、自由自在な境地が示されている。

「奇蹟のハンド・ヒーリング」三浦一郎 著


手あて療法・補追資料

出口なおの「手あて療法」



このころなおは山家村の農民西村文右衛門が二年ほど神経障害で引きこもっていると聞いて治療に出かけ、病人を起こし右手を病人の腹、左手を背中におき、祈りながら身体をさすって、十日ほどで全快させた。この治療はなおにとって布教の道をひらくチャンスであった・・・・」
(村上重良著「近代民衆宗教史の研究」より)


出口王仁三郎の「手あて療法」



王仁三郎は教会設立の利点を説き、ついに斉藤にその奥座敷を提供することを承知させた。斉藤は手始めに、近村の歯痛の婦人をつれてきた。王仁三郎は、頬に手を当てて五分間ほどで、その痛みを止めた。これが王仁三郎の病気治しのはじめてで、高熊山修行のほぼ半月後のことである。王仁三郎の神がかりと病気治しは村で評判になり、病人がつぎつぎに来て祈祷を依頼するようになった。(村上重良著「近代民衆宗教史の研究」より)


黒住宗忠の「手あて療法」



黒住宗忠(黒住教教祖)が病人に施した、いわゆる禁厭なるものは、多くの場合、自分の掌に天地生々の神徳なる「陽気」を吹きかけ、その手のひらを病者の局所に当てて静かに按撫した。その端緒は、天命直受から間もない頃、家に働いていた女中のみきが腹痛で悶絶しているのを見かねて、一心に腹を押さえて陽気を吹きかけると、腹痛がたちまち癒えた事実だった。それを伝え聞いて、病人の治療を乞いに来る人々が次第に数を増やしていった。つまり、“病気をよく治す中野村の神主”という評判を先ず得たのである。参詣者は神の教えを聞くためよりも、先ず病気を治してもらいたくて、祈願して下されと頼みに来るのが、近代日本に発生した諸宗教に共通する特徴である。日本人の現世第一主義の反映であろう。
(笠井鎮夫著「近代日本霊異録」より)

「奇蹟のハンド・ヒーリング」三浦一郎 著


大衆療法としての「手あて法」

「手あて療法」の特長は、たとえ、よくならないとまでも毒にならないことはもちろん、非常に気持ちが良く、精神的安定と慰安が与えられ、なにか心強いものが感じられる。もし「手あて」によって多少でもよくなり、また全治した場合は、自らの生きる力、生命力を発見して生き甲斐を覚えるようになるだろう。ところが医者や薬で治った場合は、たとえ治っても一生、医者さま、薬さまの前に頭があがらず、ひれ伏してしまい、神からあたえられたせっかくの内部生命力を一生知らずじまいに終わり、禅語にいわゆる「随所に主たり」ではなく「随所に奴れいたり」に成り下がってしまうのである。すなわち、いつも環境に支配されて自己確立ができなくなってしまうのである。今日の日本人は単にアメリカに隷属しているだけではない、医者や薬にまで隷従して頭があがらない状態である。薬品から解放される道は「自然医学」を立て、自然療法に道を求める以外に方法はないであろう。「手あて療法」は最もすぐれた自然療法の一つであると信ずる。

というと、いかにも筆者は、今日の医学を全面的に否定している如く聞こえるかも知れないが、毛頭そんな考えはない。言う意味は「医者や薬の奴隷になるな」ということである。自然治癒作用にも限度がある。自然に放任しておいてよい患者と悪い患者がとある。医者も薬も大いに必要なのである。しかし、ただそれは患者自身の内部生命力を助けるために、外部からお手伝いするだけのものだということを医者も患者もよくわきまえてすべきだということである。医者や薬は活用すべきであって、医者や薬に使われてはならない。なぜもっと自らを信じ、自らを頼らんのか、もっと「わが仏」を信じ、「手前味噌」に自信を持てということである。今日は「手前味噌」や「手料理」に自信がなくインスタント食品で間に合わせようとするから健康を害するのである。「わが手を使わずすべて他人任せ」にするからいけない。自分の健康、生命までも医者任せ、薬まかせにしようとしている。病気が治らないときはあの医者は駄目だとか、あの薬は効かないなどと、すべて医者のせい、薬のせい、にしてしまって自らの責任、努力ということをあまり考えないようである。

「手あて療法」は病気治しが目的ではない。これを通じて万人に「人は神の子」たる尊厳をさとらしめ、全人類を種々な偶像支配から解放しようとするものである。方法としては専門治療家をつくることが目的ではなく、家庭療法として発展させ、人類一人々々の人間回復を図ることが目的である。

「奇蹟のハンド・ヒーリング」三浦一郎 著


なぜ「手あて」は効くか


「手あて療法」の効果について一般人は、たんなる精神作用だぐらいにしか考えていないようだが、それは大きな誤りである。もしたんなる暗示作用か精神作用であるならば、赤ん坊や、犬猫や、魚や、草木には「手あて」は無効だといわねばならないだろう。然るに事実は反対で後述の「動植物の実験例」によっても明らかなる如く、人間に対するよりもいっそう効果が顕著である。またこの治療法においては術者が特に精神統一をするとか、精神的に「治れ」とか「治そう」とか格別に力む必要はない。また患者においても、術者に疑念をもっていようが、反抗心をもっておろうが、そんなことにはあまり関係ない。ただ患部に手をあてさえすれば必ず治癒効果を期待することができる。

しかし、全き効果を速やかに奏するためには信仰なきより有った方がよく、疑念をもってするよりは信頼するがさらによく、雑念あるよりは精神統一するはなおよく、予期作用を加味するならばいっそう良いことは知れたことである。しかし、たとえそれらを除いても、なおかつ「手あて」の本質的効果は変わるものではないということを述べたにすぎないのである。

「奇蹟のハンド・ヒーリング」三浦一郎 著


本当の健康法

本当の健康法『真手』の著者である医学博士塩谷信男博士は、その自序の中で次の如く述べている。

“私は医科の学生時代から次のような二つの夢を持っていた”

一、病人は必ず治る筈のものだ。

二、人間は病気に罹らずに天寿を全うし得る筈だ。

この二つの「筈」は一般の常識から言うて不可能なことである。併し私はこの二つの夢を真剣に考え続けてきた。そして今日どうやらついたように思われる。

現在の医学では不治の病気が幾つもある。併しこれ等の病気はどうしても治らないものであろうか。初めの頃私は、医学が進歩さえすれば治し得るだろうと考えていた。併し今は、はっきりその可能性を信じ得るようになった。初めの頃はこんな風に考えていた。医学が今迄のように物質的にのみ人間を見、病人を診て居る間はとても駄目である。人間は霊肉二つの要素から成り立っている。現代の医学は肉の面だけを見、霊に触れて居ない。然し霊が主で肉体は従である。この主である霊を閑却して居るところに病の治らぬ理由があるのだ。従ってこの二つの要素を対象とした治療方法が見つかれば、どんな病気でも治し得るに相違ないと。

その後、神霊の導きを受けるようになってから(神霊などという言葉を持ち出すと、科学者や常識家たちは忽ち眉に唾をつけ、本書を放り出されるであろうが)霊的要素なるものの実態を掴むことが出来た。そして本書に述べるように病の真因を知り得たのである。この真因を除くことが『不治の病』を治し得る唯一の方法であり、又病気に犯されなくなる唯一の道であると確信を得た。こうして私は、長年抱いて来た二つの夢をやっと解決することができた。(塩谷信男著「真手」三、四頁参照)

世の医師諸君に

塩谷博士は、更に同書の中で『世の医師諸君に』と題し『真手は一見甚だ非科学的に見える。それは現代の科学では殆ど説明出来ないからである。併し、科学も現在の科学は、今後発達する分野に較べれば甚だ狭いものであり、又宇宙にある現象のうち科学で説明出来ることは、出来ないことに較べてほんの僅かのものであると云うこと等は、科学的によくわかっている事である。従って現在の科学で説明出来ない事を一概に迷信だ、非科学的だと排斥するのは早計である。殊に医学に於いて然りである。医学(と云うより治療医学)は、本来経験から生まれたもので、科学的根拠から生まれたものではない。発達するにつれて科学的裏付けがなされ、又更に進んで科学的理論から治療技術が生まれるようになったのである。従って何よりも大切なのは経験である。病気が治る、健康になるという事実である。何か新しい療法が現れ、これに依って病気が治ると云う事実を提示したなら、謙虚な態度でこれを研究して見るべきである。そして良きを採り、悪しきを捨てて己の薬籠を豊にすべきである。ところが現在の医学界の風潮は反対である』と述べられ、貴重な人命を取り扱う医師達に対し、きびしく警告を与えておられるのである。

これは単に、医学界ばかりではなく、生命の霊的本質、宇宙の実相を知らざる時代遅れの唯物的思想家や、物質万能の科学者達にたいして与える啓蒙の金言であらねばならない。

「不治の病はない」八幡博堂 著 


初の座・真手とは何か

真手とは、神霊から我々人間に授けられた無病健康法であり、病気治療の方法である。この真手という名称は、神霊がつけてくれたのであって、我々人間が勝手につけた名称ではない。真心の手当てという意味であり、病人に対する色々な手当てに真心がこもっていればすべて真手という事も出来るが、此処で述べる真手は一つの基本の型に基づいて行われる特殊の方法を指すのであり、病人の霊(魂)と、肉(躰)と同時的に、しかも根本的に浄化救済する事がその目的である。真手は真心ある人ならば何人でも出来るわざである。神の子として真心を持つ人間が、神の力をかがぶって誰でも為し得る救いの方法である。

真手の基本は、神力と真心であり、人間の真心と神の救いの癒しの力とがぴつたり一致するとき、其処に絶妙偉大なる力が発現されてくるのである。釈迦やキリストも病人に手を当てて治したと言われるが、少なくても病気治療と云う点では、釈迦やキリストに劣らない絶大な力を発揮することが可能なのである。人間の真心とは、真手を施す者の真心と、それを受ける者の真心のことであり、神の力を頂く「受け器」をととのえる事が、最も大切であることは言うまでもない。

「不治の病はない」八幡博堂 著

また、真手を医学博士として実践されてきた塩谷信男博士は著書「不老力」に下記のように語っている。

アインシュタインが天才たるゆえんは、その学績もさることながら、つぎの言葉に象徴されるでしょう。

「この宇宙の森羅万象について科学が説明できることなど、無にひとしい」

なんと謙虚な到達点ではありませんか。現実としてそこに在る事象が学問上の理論なり数式で解析しきれないといって、それをトリックだの眉唾だのときめつけて黙殺しようとする姿勢は、すでにして科学者たる立場をみずから放棄していることにほかなりません。私自身、医師でありながらもそこに理解をしめす立場を保ったがために、専門家筋からはずいぶん非難をうけたものでした。

(中略)

これっぽっちの体ではありますが、ときとして人間の英知では考えもおよばない、計り知れない事をやってのけます。医学的に完治は不可能とされる難病が、何かのきっかけで克服されてしまったというケースは枚挙にいとまがありません。それを「非科学的だ、インチキだ」と否定することも、「神秘だ、奇跡だ」と肯定することも、ものごとの本質を見誤るもとではないでしょうか。重要なのは、信じる信じないではなく、そこにある事実なんです。科学的に実証できようとできまいと、治ったという事実のみを私たちは謙虚にうけとめるべきだと思うのです。

(中略)

私が大学で医学を学んだ時代、それは大正から昭和にかけてのことです。患部に手を当てたり、てのひらをかざして治療する方法が民間ではやっていました。当然、西洋医学を学んだ医師たちは「迷信」としてしりぞけ相手にしないのが普通でしたが、私は興味をおぼえたのです。調べてみると、薬も使わず治療も行わず、ただ手を当てたりかざしたりするだけで病気が治ってしまった実例がいくつもあったのです。

文字通りの「手当て」。これにも科学では解明できないなんらかの効能がある。呼吸法や気功などと同じく、長い歴史を通じての経験則として、人間は手当て療法が病気に効くのを知っているのではないか。そう気付いた私は、さっそくこれに取り組み、すぐれた効果を体験したのです。手当て療法を医学治療にも役立てるべきだと考えるようになったのは、自然のなりゆきでした。


塩谷博士と真手の技

正心調息法の塩谷信男氏が1987年頃まで東京の世田谷で医院を開いていたころ、真手と言うハンドヒーリングを実践されていました。これは、言霊の「ま」というところに繋ぐ,一種のスピリティアルヒーリングといえるものです。エネルギー的にはかなり力強いエネルギーであり、他のヒーリング技術とも併用可能です。

塩谷氏の説(というより言霊学的に)によると、「いろは」の一つずつには、それぞれの言霊に対応した神様(四十八)がいて、それぞれのお役目があります。そして、いろはの「ま」というところにいるのが癒しの神様(マニマス大神様と申し上げる)ということで、この神様にお願いして、癒しの力を送っていただくのです。
塩谷氏がいついかなるようにして、この神様のことを知り、コンタクトすることになったかは、不明ですが、東大で教えていらしたころには、もう実践されていたようです。

真手は、一度伝授を受ければ、特殊なことをする必要はなにもありません。つながる神様を意識するだけで、エネルギーが流れます。ヒーリングの方法は、手を直接当てても、かざすだけでも、イメージするだけでもよく、自分の普段使っているヒーリングスタイルでそのまま真手のエネルギーが流れます。

但し、つながり方を強化するため初めのうちは、以下の行法を行うことが効果的です。

最初に、正心調息法を行うのがよいのですが、そうでなければ複式呼吸3つか5つします。
そして、宇宙の気を集めるつもりで、両手を広げて円を描くようにぐるっと回してから合掌してから、次の言葉を唱えます。

アナトウト アナトウト
(ああなんととうといことでしょうという意味)

マニマス大神
(言霊の「ま」)というところにいます大神さまと言う意味)
(真の道教団では、真大神と唱えます)

癒しの御力我のもろ手に授けたまえ。(両手のひらを頭上に向けながら唱えます。)

我の御霊に御収めたまえ。(両手を丹田の両側あたりに持って行きながら唱えます。)

以上を1クールとして3回から5回続けます。

そして、その後、鈴の印を組んで、真手の力が自分に授かるように瞑想します。


岡田茂吉の浄霊

『浄霊』とは、読んで時のことく、霊を浄めることである。すなわち、霊の曇りを取り除いてキレイにすることである。いいかえれば、霊体の汚れを弱くなった生命力が元の姿に戻るよう、文字通りちょっと手を貸して強めるだけのことである。



この浄霊について、岡田茂吉はもっとわかりやすく、次のように語っている。

「本教の布教者は、宗教的見地から病者に対して、治そうとする心はあまり動かない。病者の依頼に応じ、浄霊として霊を浄めるだけである。霊が浄まれば、病気は自然に治るからである。故に治すのではなく治るのである」(『神書』十三頁)

すなわち、霊を清く、明るく治すのである。岡田茂吉の浄霊観は、古神道の鎮魂法の考えと同じである。ちなみに、大きく分けると鎮魂には<たましずめ>と<たまふり>の二種類があって、前者が静的な鎮魂であるのに対し、後者は動的な鎮魂である。その違いをわかりやすくいえば、前者は幼児が何かおびえて夜泣きしたとき、母親がやさしく寝かせるようなものであり、後者は気絶した人を抱きかかえるようにして、揺さぶるのに似ているといえるだろう。

すなわち、何かの原因で異常に高ぶって外へ出ようとする霊魂をやさしく静めるのが<たましずめ>で、その逆に弱っている霊魂をゆすりながら活気づけるのが<たまふり>ということになる。さらに、鎮魂術を行法として捉えると、<たましずめ>が、大乗的、<たまふり>が小乗的ということになるが、本来の鎮魂には両方の契機が備わっており、行としてはどちらも優劣が付け難い。もちろん、岡田茂吉の救世の浄霊にも、両方の義が含まれているこというまでもない。

ところで、岡田茂吉によれば、病者に対して浄霊をするとき、「治そうとする心はあまり動かない」のだ。すなわち、ここでは、治療者と患者という関係は、成立しない。というより<和法>においては、医師−−−患者という関係は、本来ありえないのである。なぜなら、<鎮魂>=<浄霊>の本義は、魂のコミュニケーションということにあったからである。

すなわち、<治療者>が<治療される者>にパワーを送ると、<治療される者>の生命力は回復していく。すると今度は<治療される者>から<治療者>に対して、新しいパワーが戻ってくる。それによって治療者の力はさらに強くなってくる。<鎮魂>=<浄霊>には、霊魂のコミュニケーションとして、このような構造が内在していたのである。すなわち、<和法>の論理的帰結としては、<治療する者>と<治療される者>という関係性が解体されるのである。

古神道とエコロジー 菅田正昭 著


真光と岡田光玉、手かざしの大衆化

岡田光玉による真光の立教は、昭和三十四年二月二十七日となります。真光の特徴はなんといっても「手かざし」にあると思います。この手かざしによる浄霊は、直接には岡田茂吉の世界救世教に発していますが、その淵源を辿りますと、黒住教の黒住宗忠、天理教の中山みき、大本の出口ナオや王仁三郎にさかのぼることができます。ただそれは、自然に手が出て、病気の箇所に手かざしをする、そういうかたちとしてやっていたわけです。

岡田光玉に言わせれば、手かざしは釈迦もキリストもやっていたということですから、真光もまた、仏教の要素もキリスト教の要素も含むことになります。
真光の場合の手かざしは、古神道系の秘儀の一つというとらえ方のもとで行われています。ただし、古神道の段階やそれ以後の教祖たちの段階では、手かざしは一般化されていませんでした。まさしく秘儀としてあったわけです。真光の岡田光玉はそれを大衆化してしまった。これはとても重要な意味をもつものだと思います。
どういうことかと言うと、手かざしの大衆化によって、すべての人が、極端な話をすればみんながキリストや釈迦になりうる契機を持ってしまったということです。もちろん、そうはいってもそう簡単に釈迦やキリストになれるわけではありませんが、「小釈迦」「小キリスト」にはなれる、誰でも救世主になれる、ということが真光による手かざしの普及で証明されてしまったのです。つまり、手かざしは誰がやっても効果のあることが、実際の場面を通して明らかになったわけです。

そういう意味で、真光が与えたインパクトには、きわめて大きなものがあります。岡田光玉が亡くなったあと、教団は世界真光文明教団と崇教真光の二つの教団に分裂します。現在は真光系教団と思われるのは、その両教団を含めてだいたい四教団をあげることができますが、そのほかにも、小さな教団がいくつかあります。
昭和三十四年二月二十七日、岡田光玉に次のような御神示があったとされます。ちなみに、彼は明治三十四年二月二十七日生まれです。

「汝その奥を語らしめん。神理のみたま、汝の腹中にはいる。汝その聞く所を語らん。天の時到れるなり。起て、光玉と名のれ。手をかざせ。厳しき世となるべし」

こういう御神示があって、岡田光玉は活動を始めるわけです。

このわずかな数行の御神示の中に、第一次宗教ブーム、第二次宗教ブーム、第三次宗教ブームを貫いて流れる核のようなものが入っています。それは「天の時、到れるなり」という言葉です。
天理教の中山ミキの言葉では「時節の到来」となります。

日本宗教の戦後史 菅田正昭 著


岡田、大沢両博士の「手あて」問答

「東京多摩川病院長の時崎博士から、一高時代の学友だった大沢勝博士(前京城帝国大学教授)が「手あて療法」を行っているときいて早速訪ね一問一答した。

 浄霊(世界救世教で行う一種の「手あて療法」)を何と見るか、医学社会ではたいていこれを迷信としているが・・・・・。

 私は霊を認める認めないそこまでは分からぬが、手のひらから光線の出ることはこれは医者からウソだとか何とか決していわせぬ。その事は、はじめ玉ねぎに手をかざして発芽させる外国実験から思いつき、いろいろ実験して分かったことであるが、丁度この部屋の隅までひびく、段々近いほどよい。これを迷信だなどというものは学問を知らぬもので、誰でも実験すればわかる。たいていの病気によく効くが、殊に「痛み」にはすばらしくよく効く、いま薬物で痛みに効くものは麻薬以外にない。こんなものを医者が用いるよりは、この方(注・手あて療法)がどれだけよいかわからぬ。ただ、一般の人は医者が大学で四年かかって習ってそして人を治療するのに、非医者たる浄霊師(手あて療法者)が、手かざして病の痛みを解く、これがいかにもコッケイに見えるというだけである。

 それでも君は薬物の教授ではないか。薬が悪いといえば君の商売はあがったりではないか。

 馬鹿いうな、学問は学問、薬物の作用の研究は現代医学がつぶれぬ限り必要だ。ただ、今の医者はいかに薬物で薬毒を教え、薬の副作用を説いても、いっこう平気であまり認めない。いかにあとで聾になろうが一時固めて治せばよいとて「ストレプトマイシン」を無闇矢鱈に用いる・・・・。

 もし私が浄霊の「手あて療法」を認めて、世間からインチキ呼ばわりされ、告訴されて法廷に引っ張り出された場合。君はそこへ、それは正当な療法なりとして弁論に出てくれるか。

 オーケー、もちろん、いつどんな所へ出て、それを認めさす材料は山ほどある。安心してこの道をひろめよ。

(岡田道一著「霊癒の科学」より)


浮霊は危険なのか?

手当て・手かざしをすると、まれに憑依している霊が浮き出てくる場合がある。
この現象を「浮霊」と呼んでいる。
この浮霊現象を危険といっている方達もいるが、それはちょっと違うと思う。
この浮霊で霊査をし、霊障の原因がわかるのである。

下記は、神道家の福田くら氏の著作からの引用である。

気合術の修行から、いろいろな精神療法の研究応用の結果、自他共に健康を取り戻したように見えた私は、その後再婚の話が成立して大阪に行きました。ところが結婚以来、またも病難災難の連続でした。その時ふとした奇縁で結ばれたある法華寺の住職が、私に死霊が憑いているから、それを封じ込まねば病気も不幸現象もまぬがれないというのです。
しかし、当時の私にはとても信じられず、ひとまず東京に帰って、病院生活を始めました。三ヶ月の入院は離婚を迎えただけで全快にいたらず、退院後も幾月も寝たり起きたり温泉旅行などしてブラブラしていましたが、後になってみますと、それらの結果がすべて、目に見えない不思議な因縁の糸に操られていたと考えられます。

入院中に懇意になった方の紹介で、麻布四の橋の法華行者、市原泰修先生の道場に通うことになった私は、教えられたとおり、力強く南無妙法連華教とお題目を唱えはじめました。
すると待ちかまえていたかのように、
合掌した両手がブルブルと震え出し、どんなに止めようとしても止まるどころか、ますます激しく震え出し、そればかりではなく、私の眼から列しく大粒の涙が流れ出し、恨みの言葉がスラスラと出るのです。私は大阪の住職に言われた言葉を思い出し、始めて死霊の憑いてることがわかったのでした。そして恐ろしさと好奇心も手伝って、つまり研究心が湧き出して毎日朝夕二回も道場に通うようになり、一心不乱に罪穢消滅祈祷を続けて頂きました。

その死霊は「倉吉」と名乗り、二百年もの長い間私の家を呪い続けたということでした。
いろいろ長い物語もありましたが、後日すべてが実証されました。とにかく人間に死霊が憑依して、病気や災難の因縁となることを深く信ずるようになりました。倉吉霊が浄霊されてのち、つぎつぎと数名の霊達が憑いて来ましたが、みな親戚の人々で、判り易くいいますと、浮かばれぬ仏達の救いを求めての姿でした。

人間に死霊が憑いて語るなどということは、恐らく信じて下さる人はないでしょうが、私は自分の体験を通じて、誰が何と申しましょうとも、絶対確信しておりますし、欧米の心霊学者も立派に証明しておられます。しかし、人生は何も彼の霊の祟り、先祖の障りと説いておられる宗教もあるそうですが、先祖も善悪の因縁もあり、死霊の憑依もあり、そして本人の心掛けや行いにもあるという、つまり霊肉一致の人生観が本当でないかと存じます。

私を憑台(霊媒)として発言する霊達全部が浄霊されて、それぞれ成仏してしまうと、もはや何を聞かれても発言せず、合掌する手は微動だにいたしません。これで罪穢消滅が成就したというのだそうです。こうなるまでには、随分市原先生のお世話になりました。

しかしこの修行で私は、本当に病気の根を断ち切り罪穢が消滅したものと見え、すっかり健康を取り戻すことができました。それ以来、四十余年間病気一つせず、ひたすら、御魂磨きの修行を続けておりますが、神仏の御加護もさることながら、やっぱり罪穢消滅の結果と感謝しております。


私達は先祖の積んで呉れた善因の結果も、悪因の結果も受けているのであります。
病気の原因は大体霊的なものと言い得ます。病気は真剣に自分を反省する機会であり、それによってみ魂の浄化向上があるのです。多くの場合これを機縁として神を知ることになるのです。神と人との関係、霊界の存在とその消息を知ることになれば、病気もまた捨て難いのであります。

病気には憑依霊による原因がなかなか多いのです。祟るには祟るだけの理由があるのですから、霊力で無理矢理に追い出したり、封じ込んだりした場合には家庭の誰かに憑依して不幸をみます。この真手浄霊を熱心に行いますと、憑霊は憑いておれなくなるのです。それも無理に引き離すのではなく、癒し人を通じて働く高い神のおさとしが憑霊に加えられて、次第に憑霊の方で悟って行くのです。そして悟ればもう人間に憑いて苦しめたりいたしません。却ってその人を守護するようになります。人間ばかりではなく、生きとし生けるものすべて霊があります。よく狐に憑かれたとか、生霊に憑かれたとか、死霊に憑かれたとかいって苦しめられている方がありますが、それは事実であって決して迷信ではありません。

昔から、それぞれの宗教が心の糧として人々を善導された功績は偉大でありますが、それにも関わらず浮かばれぬ霊がこの世に充満して現世人に憑依して救いを求め、また恨みを晴らさんとして災禍不幸をなしています。この世が罪悪と汚濁に満ち、人類が常に闘争と病苦に悩まされ勝ちなのも専らそのためで、こうした罪業に罪業を重ねて「あがない」の総決算たる最後の審判を迎えなければならないようになったのは余儀ないことです。私達は神の子だから、病気も不幸もないと説き聞かされて成る程と思って悟ったつもりでも、病気、不幸、災禍からのがれません。現実には病気もし災禍にも遭います。


憑霊も憑くだけの理由があって憑いていることが多いのです。それを施術者の霊力によって強引に引き離されますと、その霊はかえって恨みをもつようになります。ふだんは何でもないにしても、一寸した躓きがあると、そこにつけ込まれて、酷い目に遭わされることがあります。その家族を狙って襲いかかることもあります。この場合は最も弱い人か最も大切な人が狙われます。これがいろいろの災厄となって起こる大きな原因の一つでもあります。

ところが浄霊真手の場合は、決してかかることはありません。霊査してその霊を知り、これが悟りのために手段を講じます。例えば霊を祀るとか、霊の悟りになる宣言をあげるとかすべきです。

憑依霊を救って成仏させれば、霊は感謝し、その人を守護するようになります。贖いをすませば病気も災禍も免れることができます。憑依霊は憑くだけの理由があって憑いているのですから、憑依霊を無理に暴力的に押し除けても病気は一時的に消えます。しかし浄化したのではないから危険であります。強力な霊力の持ち主が早逝したり、また不運なのは邪霊の復仇をうけるからであります。なかには狂人になる方もあります。病気や災禍は邪霊達が救いを求めるか、または恨みを晴さんとして病気や不幸に陥し入れるのですから、ただ押し除けたのでは決して救うことはできないのです。真心込めた浄化に限るのであります。

福田くら氏がいわれているように、浮霊した霊を霊査によってさとし、憑依霊を浄化することによって、本当の救いが来るのだと思う。
まったくの素人が霊査をすれば、霊に振り回されたりして危険かも知れないが、ある程度の訓練や経験を積んだ「審神者」なら霊障解消に有効な手段なのである。


岡田茂吉の霊査

昭和初期、浄霊を「鎮魂」とよんでいた頃である。茂吉師は頼まれて十九才になる肺結核の娘を鎮魂した。すでに第三期の重症で、回復の見込みはおぼつかなかった。しかし、二度ほどの鎮魂で娘の体調にわずかにがら好転の兆しが見えた。

三度目の鎮魂の最中であった。娘に付き添っていた母親がいきなり立ち上がった。見ると悪鬼さながらのもの凄い形相で、茂吉師の前に立ちはだかり、いまにもつかみかかろうとする気配で言った。

「おれが殺そうとする娘を、もう一息のところで、横合いから出しゃばりやがって助けたな。今度は貴様を酷い目にあわしてやる」

母親とは打ってかわった男の太い声だった。

これはまぎれもなく憑霊現象である。茂吉師は驚いて母親に憑った霊に向かって尋ねた。

「いったいあなたは何者なのか」


「おれは広吉という者だ」

「この娘や母親とどういう因縁があるのか」

「おれはこの家の四代前の先祖の弟だ」

「そのあなたが何のためにこの娘に取り憑いて殺そうなどとするのか」

「おれは家出をして野たれ死にした。無縁でだれも構ってくれない。供養してもらいたいのに、この家の奴らてんで気づかない。癪に障るから、この娘を殺してやる。そうしたら気がつくだろう。」

「あなたは地獄から出てきたのか」

「そうだ、長いこと地獄にいたが、つくづくいやになった。だから祀ってもらいたいと抜け出してきた」

「しかし、あなたがこの娘をとり殺したら、もっとひどい地獄へ堕ちるのをご存じか」


「それはほんとうか?」

「私は神様の仕事をしているものだ。嘘はけっして言えない。また、あなたを必ず祀ってあげよう」

この広吉と名のる霊は、茂吉師の説得になっとくし、娘の病気治しに協力することを誓った。その後、娘の病気は順調に快方に向かったという。

茂吉師によれば、病気は浄化作用(症状)の発生とその過程を示すばかりではなく、霊の作用とも密接不離な関係にあるという。

「神様を見せてあげよう」 谷口 慧・著より

このように、岡田茂吉も霊査をして霊障の解消をしているのである。岡田茂吉が浮霊は危険だと言っていたのは、それなりに訓練を積んだ宗教家が行うのはいいが、体験が少なくて興味半分に霊査を行うのは危険と言うことなのであろう。茂吉のいた大本でも、信者が「鎮魂帰神法」を使い、かなり問題が起きたようである。


プラシーボ仮説について

憑依仮説に反論する代替仮説【活性プラシーボ仮説1】

さて、これまで操作的仮説として援用してきた憑依現象仮説に替わるものとして、異なった立場からの代替仮説はあり得ないものか、この分野での最新の知見を動員した公平の原則に従って私なりに検討してみたい。

現在、欧米でホーリズムとか、ホーリスティック・メディスンと呼ばれている広範囲な医療運動が盛んになっている。専ら科学系薬物と外科手術に頼りきった現代の伝統的医療方針に反省を加えて、人間を目に見えない霊的次元までも含む全人的存在として取り扱うべきだとする比較的柔軟な、とらわれない立場からの医療運動である。

ホーリスティックとは、全包括的とでも訳す術語で、正統派の医療技法のみではなく、鍼や灸の東洋医学から各種民間療法まで、役に立つものならそれこそ何でも一応は受け容れようとする立場である。その指導的概念の一つにアメリカの医師であり、心理学者でもあるアンドルーワイルによって提唱された活性プラシーボ反応というのがある。(上野訳『人はなぜ治るのか』日本文教社)

プラシーボというのは、人を満足させるという意味のラテン語でこの語の医学的定義は、患者を益することはなくても気休めにはなる薬つまり擬薬である。ワイルは、このプラシーボが実は気休めどころか、それこそ奇跡的な効力を発揮する場合があることを指摘し、それに活性プラシーボという用語をあてはめた。


発動の三条件【活性プラシーボ仮説2】

彼は、活性プラシーボが最高に、その効力を発揮する条件として、次の三つを挙げている。

1.患者が、その治療法を信じること
2.医師が、その治療法を信じること。
3.患者と医師が互いに信じあうこと(ワイル・前書302頁)

ワイルは、外科手術のような強硬手段が有効な活性プラシーボになるのは、それが患者に強烈な印象を与え、しかも医師がその方法の有効性を確信しているからだ、とさえ言い切る。
その三つの条件が最適条件で働けば、たとえ非合理な理論に基づく治療方法でも真の治療が起こりうる。逆に三つの要素の相互作用がうまく働かなければ、最も科学的、合理的な治療法でも失敗に終わることがある。(ワイル・前書302頁)


現代医療技術の考え方【活性プラシーボ仮説3】

したがって、彼の活性プラシーボの概念は、それこそ何でもあてはまるのである。事実彼自身、次のように言ってそれを認めている。−−−(何だ。要するに何でもかんでもプラシーボになるということか)
と考える人もいるかも知れない。その通り。少なくても潜在的には、その通りだと私は考えている。そう考えても、活性プラシーボという概念を損なうことにはならない。(ワイル・前書308頁)

たとえばこの概念をそっくりそのまま現代の近代的病院での医療活動にあてはめることができる。
まず、現代病院では患者は大伽藍のような近代的病院施設に接し、大きな信頼感を覚える。さらに、ピカピカの廊下、強烈な薬品の匂い、清潔な白衣の看護婦とそのキビキビした動作等のあらゆる条件が、

(ここで診てもらえば、絶対、大丈夫だ)

という患者のその病院やそこの医師団に対する信頼感を形成するのに役立っている。(活性プラシーボ第1条件の満足)

一方、病院側の医師はもちろん、看護婦、事務職員、看護助手に至るまでおのれが受けてきた医学上の訓練の有効性に対しては、ゆるぎない信頼性とプライド、自信とに満ち溢れているはずである。(活性プラシーボ第2条件の満足)

最後に、色々と問題が生じる場合もあるにせよ一応医師と患者の間には、相当高い水準の信頼関係が存在する。(活性プラシーボ第3条件の満足)

以上のような分析でも分かるとおり、何のこともない現代の病院で行われている伝統的医療活動も、他ならぬ活性プラシーボとみなされるのである。こうなることの活性プラシーボの概念は、単に宗教団体や病院のみならず、ほとんど全てのサービス活動に当てはまることがわかる。思いつくままに挙げても、保育所、学校、百貨店、美容院、クリーニング店等々それこそきりがない。


ワイルの功績【活性プラシーボ仮説4】

それでは、ワイルの活性プラシーボの概念は結局のところ何の意味もないではないかとの批判が出てくるかもしれないが、忘れてはならない彼の功績がある。それは、先述したように社会のあらゆる治療行為、営業行為においては、当事者間の信頼の心−−これは、営業の場合、信用、宗教の場合、信仰と言い替えることができる−−が、もっとも根本的な要因であるという点に我々の目を向けたことにあると私は信じる。

さて、これまで私は研究報告上の公平を期す為、現代医療に関する先端の概念まで動員して、本書で採用してきた前世霊による憑依現象仮説に替わるべきものとしてもっとも有力な代替仮説を検討してきた。

それは、その過程で多くの意義のある将来への検討課題を提供してくれたと思う。

たとえば、お浄めの活性プラシーボとしての第1条件の強化の為には、浮霊現象見学会といった企画の有効性とか。

第2条件強化の為に、霊障解消過程の説明会を開催、特にスライドやビデオ映画の上映が有効であろう。

また、最後の第3条件の互いの高いレベルでの信頼関係強化の為には、これこそ最も重要な条件であるから、あらゆる努力と対策とが尽くされるべきであろう。ちなみに先の活性プラシーボの他に代替仮説として、催眠とか、自己暗示とかに置き換えてみても、結局活性プラシーボと大体同じ分析過程をたどることが推測できる。つまり、憑霊現象仮説に対する批判にも代わりの説明にもならないのである。

「霊性に目覚める若者たち」 猪俣恵常 著


真手 真息吹

真手の基本的な形は、真手人(真手をする人)が精神統一し、心を込めて病み人に手を当てることです。通常は、その際、手に微震動を与えます。病気の種類や病状によっては微震動を止め、または手を病み人の体より離します。また、真息吹といって、病み人の幹部に息を吹きかけます。

まず、病み人を仰臥させ、軽く目を閉じさせます。真手人は病み人の横に端座してみ魂鎮めを行い、精神が統一したところで、真大神に祈ぎ言を捧げます。

次に、病み人の全身を双手で軽く撫でながら、きき手で手を当てます。真手をしばらく経験しますと、悪いところがわかります。そこは特に念入りに手を当て、ハーフーホーフーの呪文を唱え、病み人にも同調させます。即ち、両方、息を合わせ、祈り合いに入るのです。

癒しの力は、真手人が与えるものではありません。真手によって、真手人と病み人の霊魂が浄められ、癒しの力の根元である真大神(マニマス大神)のみ力が、病み人に力強く流れ込み、病み人の生命力を高め、自然治癒力を強化するのです。真手人はその中間に入って、手助けをしているに過ぎません。

しかし、真手人が、中に入って、病み人の体と共に魂をも救っていくのには、それ相応の修行と力が必要です。そのため、真手人はお受けの行によって、み力を頂いております。お受けの行もそう難しいものではありません。真心さえあれば誰でも受けられます。

真手は遠隔の病人に対しても効果があります。この場合は人型(白紙を人の形に切ったもの)に対し真手を行い、特に悪いところが判っている場合は、その部分に入念に手を当てます。相手がいくら遠くてもかまいません。

重病人または急病人に対しては多勢の人が力を合わせて集団治療を行います。その時は真手力の一番強い人が癒し人になり、次の人はその人の右の肩に手を当て、順次に手を当て、皆の真手力を集中し、効果を最大にするようにします。

真手は自然治癒力の強化ですから、副作用ということはありません。しかし、治癒力が活発に活動し始めると慢性疾患などでは、一時病状が悪化するように見えることがあります。微熱の続いていた人が急に高熱を出したり、慢性胃腸病の人が急に下痢を頻発したりします。これは浄化反応といって、病が快方に向かっている証拠ですから、驚いて止めないようにします。ただし、病状を見ながら、真手に手心を加えていきます。

真手についての神示を二つ揚げます。

「真手は真心の手じゃよ 心直さず真の癒しにならんじゃろ 真手は相手の心正すんじゃよ」

真手で治った例は数限りなくあります。不治といわれるガンやリウマチなど、医師から見放された人達も、真心の真手によって、どんどん治っています。そして、心も共に洗われて、再びその病にはかからないのです。

「治らん病ないぞ 迷わず一筋道真心の 手当てるんじゃよ 迷うと治らんぞ 先ず治すことじゃよ 掌当てることだけが真心ではないよ 心の手出せ 掌も出すんじゃよ 掌は真心の手当じゃよ」

「人間の幸福」 山口萠晃 より


真手による浄霊

千鳥会司配霊の水畔老仙からは、いろいろのお教えやお諭しを受けましたが、私にとっての驚きは、何と言ってもこの世とあの世を通じての因果応報の恐ろしさと、真手の不思議とであります。因果応報につきましては、すでに仏教各宗で一様に説かれているので、今更私が敢えて説明するにも当りませんが、真手についていささか述べさせていただきます。

真手と書いて「マナテ」と読むことになっておりますが、これは「神と人とに捧げる真心の手」の意味で、一見したところでは一種の霊的触手療法に過ぎませんけれども、実は病気治しそのものが目的ではありません。この真手を通じて、神仏の実在を知らしめると共に、あの世とこの世に迷っている霊達を救う霊法なので、浄霊が目的であります。

ある日の御神示には「戦争、飢饅、疫病、天災、地変等、続々地上に現われて来る。神はこれを憐み浄霊真手のミワザを授け置くのじゃ」とありました。また「真手で癒らぬ病気はない、毎日二人にこの真手をせよ、人に真心の手を捧げることは、そのまま、おのれの襖(ミソギ)ともなる」と言われました。私はこれらの御神示を固く信じて、毎日行じさせていただいておりますが、一見非科学的に見え、現代科学では充分な説明ができぬにしましても、その効顕は想像以上のものがあります。

病気にも、医学的に知られている原因のほかにも、いろいろの原因があったりします。霊的原因もその一つであります。またいままでの体験によりますと、人は病気に罹るということによって、その霊的悪因縁が消されて行くものであります。されば病気することも神仏の慈悲であり、罪のあがないでもあり、み魂磨きをさせられているのであります。したがって、病気を恐れるばかりが能ではなく、病気の際こそ、真剣に自分を反省していただきたいと思います。真手は最も手近の道つれの役を果してくれます。「病気に手当て」これほど自然なこれほど有効な方法はありません。真手ずることによって、自分を浄化し病者も浄化します。延いては霊的悪因縁まで解除されるのであります。

真手は技術ではありません。真心の祈りでありますから、老若男女を問わず、真心ある人なら容易に修得していただけます。

作者注(水畔老仙とは大峰老仙の別名です)

「心霊の開発 神の仕組み」福田くら・著より