ここでは、言霊について菅田正昭氏・坂口光男氏の資料等、他、言霊関係を掲載しています。

言霊とは何か 五十音と神代文字 五十音の予言 五十音は正しい配列なのか
五十音予言を裏づける古代伝承 太陽とラ行 太陽の時代 ラリルレロの言霊の実体
「ラルロの嵐」と天変地異 ワッショイの言霊 言霊からみた「霊示と神示」 ヒフミは火風水
古史古伝と「ス」の言霊 火から水への転換 岡田茂吉と言霊 出口王仁三郎の言霊実験

言霊についての解釈の仕方を、言霊研究家の坂口光男氏は下記のように解説している。

言霊とは何か?

言霊という聞きなれない字句を国語辞典で探せば、「古代人がその使い方によって人間の禍福を左右すると信じていた、言葉のもつ不思議な力」と記してある。あるいは、言霊学者・国文学者の論を借りれば、大体次のように定義される。

イ) 万葉集の歌に、「言霊」とか「事霊」という言葉が使われているが、これは、万葉人が言葉に精霊がヤドルと考えていたことを示すものであろう。(日本人の言霊思想=豊田国夫・講談社)
古代日本人は、言葉に内在するこの言葉精霊が、その霊妙な力によって人の幸不幸をも左右すると考えていた。そして、このような言霊思想のもつ呪力信仰は、さまざまな習俗となって伝承されている。(前出=豊田国夫)

ロ) “こと”ということは、一つのある連続した唱え言、呪詞並びに呪詞系統の叙事詩と言ふことだ。言霊は呪詞の中に潜んでゐる精霊へ唱えられる事によって目をさまして活動するものである。(日本文学の誕生=折口信夫)
わが国には古く、言霊の信仰があるが従来の解釈の様に、断篇的の言葉に言霊が存在すると見るのは後世的であって、古くは、言霊を似て、呪詞の中に潜在する精霊である、と解したのである。(前出=折口信夫)

ハ) わが国の言語、つまり国産の精粋であるこれを言霊倒語(制御された詞づくり)と解し用いること。言挙げとは直言だが、直言しないで自分の思い願う事柄がかなえ達せられるのは、すなわち神の御力によるサキハヒであって、この力こそコトダマである。(真言弁/万葉集燈=富士谷御杖・江戸時代の歌人)

ニ) ことたまは、目に見えぬ神霊なり。そこに言霊とかけるが正字なり。そのほかにもよめり。うらを聞く時は、神の霊の人に託して、その吉凶を告しらしめたまふなり。(万葉代匠記=釈契沖・言霊を言霊とした柿本人麿に対する語釈より)

ホ) 霊魂を現す日本語は「タマ」であるが、日本の学界で理解しているタマは、もっぱら遊離魂であって、身体霊としての霊力ないし生命力観念は、ほとんどしられていないか、無視されているのが現状である。後者のタマの代表的な例が「言霊」「魂振り」「御魂の振ゆ」という言葉である。(日本語を探る古代信仰=土橋寛・中央公論社。注/同志社大名誉教授・日本古代文学専攻)
呪物崇拝の根底にある「呪力」(マナ)の信仰は、言葉についても認められる。めでたい言葉はめでたい結果を生み、不吉な言葉は不吉な結果をもたらすが、それは言葉がもつ呪力の作用によるものだとするのが「言霊信仰」である。(前出=土橋寛)

以上、言語学者・民俗学者・歌人・国文学者・古代文学者の順にイからホまでの五つの解釈を紹介させて頂いたが、これら先人の説を簡潔にまとめていえば『言霊信仰は古代において芽生えてきたが、明治以来の西洋文化の流入、戦前戦後の科学文明の発達に伴って、いつしか埋没してしまった』といえるし、言霊そのものの概念は『言葉を発することによって、それを聞く聞かないにも関わらず、ものごとに作用する言葉の霊力』、『言霊は目には見えぬが神霊そのものである』という結論が得られる。

なお、コトダマという古語は、近世になって国学者たちが用いるまで、ほとんど使われることはなかった。現在「タマ」の付く言葉で知られているのは、せいぜい「人魂」や「木魂(木霊・木霊・山彦)」ぐらいである。このほか「数霊」というのがあるが、これは明治以降の造語であって、万葉集などにはでてこない。

学会からはずれた霊学者の言霊解釈

さて、前述での解釈は、ある意味では学会常識の上で礎となる説だが、次に紹介する「言霊」の定義は、これらの常識論からはずれた位置からのものである。つまり、学問の領域を超えたところでの研究者たち、いわゆる言霊専門学者や、霊能者、神道霊学者の見解である。
一部異説もあるが、踏みこんだ解釈として、言霊の本質により近いものといえる(年代・順不動)

@ 堀 秀成
秀成は富樫広蔭の門下で、号は琴の舎。古道の真髄を伝えた最後の国学者
主著は、古語類韻(全十二巻)、日本語格全書、音義大全解五巻、音義全書、五十音大意、言語八種考など他に十三書あまり

A 鹿持雅澄
主著は、言霊徳用、万葉集古義総論、古学大意など。

B 川北丹霊朝弘
主著は言美霊正義、伊豆母廼美多麻など。

C 山口志道
主著は水穂伝全七巻、火水与伝、神風伯本書、水穂伝解詞一言法則など。

D 山腰明將
山腰明將は、大石凝真素美や水谷清といった秘教学者とは別の系統に位置する言霊学者であり、後述の小寺小次郎と並んで、五十音を山腰流の陰陽五行に分類する試みを行なっており、堀秀成の言霊学とは別形態で、そらに踏みこんだ論を示している。

E 小寺小次郎
小寺は、山腰が古事記による初発神から神代巻終わりまでの経緯をベースとした言霊解説をしたのに比べ、陰陽五行も含めより広範囲に言霊の本質を追求した学者である。

F 宇佐美景堂
戦前から戦後にかけての得意な神道霊能者であった宇佐美氏は、神道におよび秘儀霊脳術など特異な視点から捉えた稀有な人物であり、その著作も多いが、数年前に他界された。

以上、やや長文にわたる紹介なったが、言霊とはいかなるものか、その表面的概略が得られたものと考えたい。このほか、言霊学の先達と見られる国学者・中村孝道(天保年間=言霊或問)や、同年代の大石凝真素美(大日本言霊学)による、「真澄鏡」をベースにした言霊展開、大石を継承した水谷清の言霊観、あるいは神道家・荒深道斉(道臣命による霊示を展開)の言霊解釈があり、この紙面では到底紹介できない。

現在では、古代史研究家・吾郷清彦氏が柔軟な洞察で言霊を取り上げているが、第一線で、わかりやすく言霊論を提示しているのは、神道研究家・菅田正昭氏のみである。なお、秀真伝完訳者(吾郷氏も同じく)である鳥居礼氏も、これをベースにして『言霊−ホツマ』(たま出版)の中で詳述している。

このほか、山口志道の影響を受けた出口王仁三郎(中村孝道の妹、ウノが王仁三郎の祖母にあたる)による鮮烈な言霊理論、これらのエキスを部分注入した岡田光玉(崇教真光・初代教祖)の言霊論、禊教開祖・井上正鐵(寛政年間)が説いた部分的言霊論、佐野経彦(幕末期)の「五十音」などなどの「教派神道系」のものもあるが、詳しくは、それぞれの教派に関わっていただくしかない。(注・佐野経彦には「宇良奈比真伝」もある。的を外れているが・・・・)

学問体系に入る言霊の種類

@古典四書である『古事記』『日本書紀』『旧事記』『古典拾遺』『姓氏録』『万葉集』『風土記』などから取り出して解釈する《言霊》

A平安時代初期の法制書『延喜式』そのものおよび、その巻第八に納められている27篇の古い祝詞・寿詞、通称『延喜式祝詞』から取り出して解釈する《言霊》

B正倉院残簡戸籍や東大寺奴婢籍帳、王朝女流の名から解釈する《言霊》

C仏教の法語、真言、経文、陀羅尼、念仏などから解釈する《言霊》

D日本語の口語、文語、すなわち音韻的特徴からの言語学や国語学から解釈する《言霊》

Eいままでの解釈をさらに発展させた、考古学、遺伝子学、計量比較言語学をベースにした《言霊》


今の学問体系に入らない言霊

@古神道系の流れをくむ《言霊》
(a)荒深神道の言霊(旧石器後期<二万五千年前>の朝座奇穂之命および弥生初期の道臣命→荒深道斉へ)
天津祝詞太祝詞によるヒフミ四十七音の言霊
(b)物部神道の言霊
ヨヒフヒヒフミヨイムナヤコトに示される言霊
また、十種神宝秘儀に関わるヒフミの呪詞の言霊
(c)山蔭神道の言霊
アヂマリカムの言霊
(d)伯家神道の言霊
トホカミエミ(ヒ)タメとヒフミの言霊

A伯家神道の流れをくむ《言霊》
(a)井上正鐵(禊教開祖)の系統
(b)井上正鐵の門下、坂田正安・鐵安の系統→現在、坂田安義へ
(c)平山省斎(禊教から独立した別派=神道大成教)
(d)鬼倉足日公(現・すめら教=皇教本院派)の系統
以上が伯家神道を正式継承した派で、言霊は「トホカミエミ(ヒ)タメ」を神秘の秘詞とする。

B物部神道の流れをくむ《言霊》
(a)佐野経彦=神理教開祖の系統
五十音の言霊が主

C秀真伝系の流れをくむ《言霊》
(a)大物主櫛甕玉命(大物主神とは違う)→意富多多泥古命→三輪神社系三輪氏・三輪容聡
アワヤをベースとした言霊。四十八をベースにした言霊
(b)山口志道が展開する言霊(秀真伝がベースになっている)

D教派神道系の流れをくむ《言霊》
(a)出口王仁三郎(大本)→萩原真(真の道)→岡田光玉(崇教真光他四派)に共通する言霊。例えば、五十柱の神(五十音の神)、中心神を「ス」と呼ぶ言霊。萩原真や真光は四十八(よとや)神。
なお、王仁三郎がいう言霊は、山口志道や大石凝真素美の影響が大である。(他に友清歓真系)

E神道霊学の流れをくむ《言霊》
(a)中村孝道→望月幸智(大石凝真素美の本名)→水谷清に継承された言霊。いわゆる「真澄鏡」をべーすにした言霊
(b)山腰明將、小寺小次郎が展開する言霊

菅田正昭氏や大宮司朗氏(古神道研究家)も指摘しているように、言霊の実相は、太古以来の本流を継承している教派神道系や、秘儀言霊学者の流れに隠されているものと考えられる。

言霊とは、本来悪に作用するものでなく、「善」に作用する物である。言霊に神霊が宿る以上、言霊は神であり、人間の為の善でしか作用しない。だから、言霊を悪用すれば、その人の運命も悪運になる。したがって、摂理に合わない名前を命名すれば、逆作用(裏言霊・言霊返し=後述)の効験も出てしまう。

もし、言霊と言葉の接点を簡単に述べるとすれば、次のようになる。例えば・・・・・
周囲が騒々がしい場で、平常言う言葉は「シーッ」「静かに」「静粛に」などで、これらに共通するのは「サ行」の「シ」であり「S音」である。これらが言葉であっても、共通の神秘性「S」や「サ行」のシやセは、言霊そのものであり、ここに霊妙なる不可思議な力が働くことになる。

ほかに「ダマレ」「ウルセエ」などの粗語を使う場合があるが、これは前述したように品性低俗の言葉であって、霊妙力が「悪」のほうへ作用し、言われた側の人間が頭に来て、そこに摩擦が生じる。その上にテメエとかバッキャローなどが加わると喧嘩が発生する。
つまり、言霊というのは、原日本語(大和言葉・倭詞)にもとずく「上品」な言葉によって「活動」し、その音韻の波長をキャッチできる人によって、受けとめられるのだ。(シズカニ→ハイワカリマシタ=受け入れ)

ちなみに不可思議の「S音」を挙げれば、いずれも「静か」の言葉を極める言葉になる。「鎮める」「静けさ」「清水」「涼しさ」「白む」「白々」「白ける」「滴」。音読みでは「清純」「静ひつ」「静止」「静物」「静寂」「静穏」「静閑」「死」など。
なお、神輿をかつぐときの力声は、「ワッショイ=和を背おう」が正しい言霊で、今流行りの「セーヤ」などの系統は、悪霊を招く言霊である。

「幸運を招く言霊」坂口光男 著


五十音と神代文字

日本の国文学者や知識人の多くは、日本に固有の古代文字があったことを、頑迷に否定し続けているが、古くは斎部広成が『古語拾遺』の序文で「上古の世いまだ文字有らず」(807年)と記しているし(その子孫忌部正通は逆に、あったという)、本居宣長も「日本には仮名の成立以前に漢字以外の文字は存在しておらず」と述べていることで、現在の学者もこれに倣って、必要以上の探求を避けている。

ちなみに、近来もっとも有名な神代文字否定者は、山田孝雄・狩野亭吉・橋本進吉の三博士であるが、橋本は、五十音については古事記や万葉集を調べた結果、八母韻−六十一音節を提唱し(清音のみ)、古代文字五母韻説を否定している。その後、日本言語学の権威・松岡静雄が「上古の母韻はア・イ・ウの三音であったが、伝説が語り継がれるようになった頃の標準語には、既に五韻が備わっていた」(日本言語学『音韻』刀江書院)と見解を述べ、古代史研究家・吾郷清彦も「八母韻説は全くの虚構といわざる得ない」と言っている。

なお、狩野亭吉は、偽書とされている竹内古文書に登場する各種の「古代神代文字」の否定論者である。

また、山田孝雄氏(神宮皇學館の元学長)の神代文字否定説も、今の学会に踏襲され続けているが、奇妙なことに矛盾と思える正説を述べている著書がある。その『五十音図の歴史−第一巻』によれば−

五十音図は梵語(悉曇文字)から来たものではなく、まったく日本独自のものであり、神代文字の出所も悉曇文字からのものではない・・・・略・・・・五十音図は、宇宙間の音譜そのものの合理的説明としての、根本原理を示したものであるともいはるる・・・・かような図表を按出した我ら祖先の偉大なる頭脳を讃嘆せずに居られない

この見解をふまえれば、山田博士は何かを隠しているとしかいいようがない。また、神代文字(漢字以前の)を否定させる圧力があったことも考えられる。


さて、ここまで述べてきた五十音論議が、これ以上紙幅を増やさないためにも、次の事実を挙げて終わりとしたい。

イ)今から千三百五十年ほど前、大化の改新(645年)白村江の戦い(663年)の時代に、日本固有の文字と文化、先住有力氏族の記録がすべて消滅させられた(王家のものも)。

この主犯者は、白村江の戦いで日本海周辺を占領した唐(中国)の軍隊と首謀者である。この中国の占領支配は、『日本書紀』天智天皇関係記事に証明されている。(669年には2000人の中国占領隊が活動)。

ロ)以後、これらの恐るべき力が日本の古代文字を抹殺し、奈良時代以前の歴史を封印した。いわゆる漢字の呪縛が開始された。(イ・ロ=高橋良典・漢字文化に消された事実/歴史読本91・3を筆者が補足す)

ハ)奈良以前に固有古文字があった証拠として、高橋良典氏は『日本書紀』欽明天皇二月三月の条を、学会が見落としていることを指摘している。

帝王本紀に、多に古き字あり。撰集の人しばし遷り易はること経たり。後の人習いて読むに、意を以て刊り改む(故意に修正せざる得なかったの意)。伝へ写すこと既に多にして、遂にたがひまよふこと致せり(筆写伝授しているうちに混乱を招き、元の形体がそこなわれた)。

ニ)山田孝雄の奇妙な説を裏づけるものとして、謎の国学者で神道家のM氏の論述を紹介して、ここまでの五十音義真相の締めくくりとする。


五十音の予言

いきなり唐突な話になりますが、「人の世、即ち日本を含めた世界の現象は、五十音の音節通り動いている」といったら、誰も信じないでしょう。

また「世の中は、アで始まり、ンで終わる」という話も信じられないと思います。多分、(へぇ、それは驚きですね。それにしてもマンガみたいな話ですね。そんなことは誰も信じませんヨ)で片づけられてしまうはずです。

しかし、信じる信じないは別にして、「・・・今は、五十音の、ラ行の時代に入っていて、あとは、ワとンしか残っていない、重大な時期を迎えている」のです。しかも、このラ行の時代は、まだ当分続いていきます。ラ行の時代とは、簡単にいえばラリルレロの言霊が自然界はもとより、社会現象一般にわたって影響を及ぼすというものです。詳しくは漸次説明していきます。

そこで、詳述する前に、五十音の音節どおりとは何かを、次のような言い回しで紹介します。つまり、「アで始まりンで終わる」の意味です。

この五十音の予言(経綸=計画)説の詳細を明らかにした者は、今のところ筆者が最初で最後ですが、断片的にキャッチに成功したものとしては、無名の隠れ神道の一派、真の道という小さな団体が、昭和三十五年に「ヤユヨが終わってラ行に入る」という経綸を知っていたようです。また、それに先立つ昭和二十五年には、大峰神霊(役小角の一番弟子=幼名・ハビ)という千三百年前の古代霊から、福田くらという女性神道家に霊示として、「五十音の仕組み」を知らされていたことが判明しています。

福田くら女は、大峰神霊からの霊示をふまえ五十音のことを次のように話しています。

アイウエオ五十一音(二度出ている字が三つあるから、実際は四十八音)には、その一音一音に意味があり、またア行カ行というように、その行にも意味があります。この五十一音には大変深い意味がありまして、これを解くことによって、人類の過去の歴史もわかり、将来の世の様をも予言できるのであります。人類の歴史は五十一音の順序で発生し展開されてきまして、現代は荒魂時代の<ラリルレロ>の時代に入っております・・・

すなわち通称の「五十音」の謎は、こうして福田くら女によって具体的意味が明らかにされたのです。

福田くら女に降りた霊示の一文はある書物(絶版)に発表されていますが、これを読んでヒントを得たか、あるいは前述の真の道ルートで知ったかは定かではありませんが、類似した言い回しで、より具体的なものがあります。それは・・・

『ア行で世が開いて、カ行で神々が出現し、サ行で作物がつくられ、タ行で戦いの歴史となり、ナ行で何でも凝った文明となり、ハ行で繁栄への知識を広め、マ行で真と魔あるいは聖と俗の葛藤、ヤ行でやっと神のご計画わかるも、ラ行で終末の乱れが激しくなり、荒々しい天変地異が起こり、その試練を経て、ワ行ですべてが和す。めでたし、めでたしの世界になる』というものです。

これは、言霊研究家・武市瑞月氏が、三十五、六歳のころ直感で会得したもので、、『堀秀成』という書籍の一文に記載してあるものです。

いずれにしても、福田くら女のほうが早く知っていたものと思われます、アで始まりンで終わる五十音経綸の内容は、ほぼ同一と見ても差し支えないものです。

ともあれ、ハイテク文明の現代にあって、こんなバカげた話が一般教養人に受け入れられるはずはなく、併せて五十音配列そのものが問題視されているご時世ですから、物理的証拠物を眼前に突きつけない限り、どうも分がないように思われます。だが、証拠物はいくらでもあるのです。ただ、それをどう受け止めるかによって、バカげた話も真実度が高くなります。

(五十音経綸については、塩谷博士も大峰老仙から昭和25年に聞いていたようです。HP制作者)



五十音は正しい配列なのか

話は前後しますが、とにかく現在の五十音は、言語学者や国語学者の間でも、その発生した歴史的経緯とか、形態がどうなっていたかを問題にして、いまだ正当にに扱われていないのが現状で、言霊云々ということより五十音が学問的にどう論議されてきたのか、その点を要約して、簡単な説明をすることも必要です。

今、五十音の意味を国語辞典で見ると、五十音図の示す音節に「ん」を加えた音節の種類。仮名で表記する「あ・い・う・え・お・・・・わ・ん」の五十一音。実質的には、重複している。「い」「え」「う」と、現代仮名遣いでは用いられていない「ゐ」「ゑ」を除くと四十六音となる。・・・・と説明されています。

それはともかく、問題なのは五十音図は最初から五十音であったのか、そうでなかったのかという論争があり、アカデミズム派はそうではないと今でも主張していることです。その根拠は、一部の神社などに伝承されている、ミミズが這い回ったような神代文字の配列が、すべて「五十音配列」で構成されていることから、当時の思想家・哲学者であった狩野亭吉(1865〜1942)、国文学者・山田孝雄(1873〜1958)、国語学者・橋本進吉(1882〜1945)らが、徹底的にこの神代文字を排撃したことで、五十音そのものがやり玉にあげられたからです。

学者連中が言うには、〔五十音図は奈良時代より古く遡るほどのものではないし、到底『万葉集』や『古事記』以前の上古にできたものではない〕と断定しています。

とりわけ橋本は、五十音について『万葉集』『古事記』の調査結果をふまえ、日本語=八母韻・六十一音節を提唱(清音のみ)し、古代文字五母韻を否定していますし、一方の山田孝雄博士も、その確固なる国語・国文学的な傍証をもって論破し、古代文字五母韻説を否定しています。しかも、三者の中では反論するのが難しいほど、山田説は完璧に近いと言われているのです。

現在では代表的な国語学者の一人・大野晋教授(橋本を師とする)が、「・・・奈良時代の音の数は八十七もあったのだから、五十とか四十七という数では、奈良時代の音とはまったく合わない。五十音図やイロハ歌は、平安時代になってできたものだから、それを基礎とした文字(神代文字)が、奈良時代以前のものであるはずがない」(大野晋『日本語の起源』)と否定しています。

さらに大野氏は、「・・・五十音図は鎌倉時代にできたものである。いろは四十七文字も平安時代の中ごろより後にできたことがわかっている。それゆえ五十字や四十七字の神代文字はどうもみんなまずい。偽作です」(『日本古代語入門』読売新聞社)と、神代文字否定説にかこつけて、五十音までが鎌倉時代の作であると自信たっぷりに断定しています。ともあれ、『奈良時代日本語八母音八十七(八)音説』は、学会の不動の定説とされ、これを覆すのは容易ではなかったのですが、ここ数年来この定説を打破する論証がついに登場しました。その先鋭の論者とは、言語学者の松本克己教授(金沢大学)と、国語学者の森重敏教授(奈良女子大学)の二人です。

詳細は『金沢大学文学部論集・文学篇第二十二巻』所収の「古代日本語の母音組織考=内的再建の試み」(松本克己)と、『万葉』第八十九号に発表された『上代特殊仮名遣いとは何か』(森重敏)の二書を読んでいただくとして、松本氏の論証を一言で紹介すると次のようになります。

「母音を甲・乙二種類をおく考え方は、音声的には些少な違いにしかすぎない変異音までを書きわける、「漢字」の書記法から作り出された虚像である。したがって、母音組織そのものは、現代の五音組織とは基本的に変わりない」というものです。

一方の森重氏は、八母音説の否定論として、「万葉集などに使用された特殊仮名遣い(八母音の書きわけ)は、平安時代に入って消滅するが、その要因は文字が渡来人の手による万葉仮名という記録法から、日本人の手による音韻的な仮名文字に移ったわけだから当然八母音の論証は、覆されるべきだ」と五母音説に軍配をあげました。(佐治芳彦=『謎の神代文字』の一文より)

古代史評論家の佐治芳彦氏は、「・・・もし松本・森重説(新・五母音説)が正しいとすれば、その影響はきわめて大きい。まず「上代特殊仮名遣」にみとづく戦後の古典解釈や語源研究、あるいは古語辞典のたぐいは全面的に改訂を余儀なくさせられる。その多くの編者の一人として関係している大野晋教授などは坊主にしても追いつかないだろう」と問いかけています。

どちらにしても、一方の日本語八母音八十七音説という頑迷な論理は、仏教の経典(漢文)を誦むにあたって、漢文体の音義を訓字に直したことなどが火に油をそそいだ結果の一因になったものと思われるのです。つまり、中国の複雑な子音を簡便化するために、反音作法図などが応用されたり、古代インドの梵字悉曇の配列を取り込んだものが、五十音図であるか如く巷間に広まったりして、それをもとに五十音は後世の創作だとか、五十音をベースとした神代文字もインチキだという論理が生じたのではないでしょうか。

最後に、あれほど神代文字と五母音説を否定した山田孝雄博士が、その著『五十音図の歴史=一巻』の中で、・・・・
「五十音図は梵語(悉曇文字)から来たものではなく、まったく日本独自のものであり、神代文字の出所も悉曇文字からのものではない・・・・略・・・・五十音図は、宇宙間の音譜そのものの合理的説明としての、根本原理を示したものであるともいはるる・・・・かような図表を按出した我ら祖先の偉大なる頭脳を讃嘆せずに居られない」という論述を紹介しておきます。

これはどう見ても否定論者山田博士のものと同一とは思えないほど、謎に満ちた言葉です。故・山田孝雄氏は、かつては神宮皇學館の学長でしたが、どうも何か隠しているとしか言いようがないのです。皆さんはどう判断しましすか。



五十音予言を裏づける古代伝承

五十音の初発が「ア」でなければならない理由、最後尾が「ワ」と「ン」でなければならない理由、その前に「ラ行」がある理由。世界が五十音順に動かされているのなら、その痕跡は日本以外の伝承にもその片鱗があるはずです。それを拾い出すことは、五十音配列自体が、確かな予言的内容をもっていることを証明するものです。その証明できるいくつかの事例は、以下のようになります。

@古代マヤ文明の神話では、人類の未来を四つの色に分けて、第一期を「白」、第二期を「黄」、第三期を「赤」、第四期の最終期を「黒」とした神の予言があります。
また、同じものがインド・ケルト・ギリシアにも存在し、ここでも第一期を白とし、第四期を黒に色分けしています。(但し、第二期と第三期のみ別の色)。
共通しているのは、いずれも「黒」を終末の色としていることです。

※五十音予言より簡潔な解釈ですが、全体の意味はほぼ一致しています。

A旧約聖書の原点となったゾロアスター(正しくはザラシュトラ、別名ツァラストラ、BC660生まれ)が著した教典『ヴェスター』の中に、「最初の三千年は霊的創造の時期、第二の三千年は物質的創造の時期、第三の時期は夜の王アーリマンが、地上に悪をはびこらせて人類の歴史を支配し、第四番目の最終期は、太陽の王アフラ・マズダー(別名オフルマズド、異名ミトラ)の出現によって地上に審判が起こって、唯物主義の悪を滅ぼして、その後めでたく平和な世を迎える」という予言があります。

※この場合も、言い回しこそ違いますが、「アで始まりンで終わる」意味と同じです。

B古代エジプト発祥のタロットカードでも、最初の一枚目のカードが「天地創造」を意味し、以下2〜18のカードまで人類の物質文明の歴史となり、19番目の「太陽」のカードで行き詰まって、20番目の「審判」のカードで地上の悪が整理されて、最後の21番目の「世界」のカードでめでだく平和な世となり、新しい未来が始まると予言されています。

以上、古代予言のいくつかを紹介しました。
言うまでもなく、人類は地球上に共存しています。内・外部を含め、地球圏内で起こることは、民族間の違いを問わずその影響を人類全体が受けます。つまり、五十音の予言と各古代文明の伝承予言の発生源が、それぞれ違っていても、示されたプログラムが同じなら、それも人類全体にまで影響を及ぼしていくことになるはずです。



太陽とラ行

平成という元号が、偶然ではなく必然的に作られた意味の裏側に、五十音経綸のラ行が隠されていた事実は前項のとおりですが、何故平成時代がラリルレロの時代なのか、そして、ラ行の言霊が、一方では「火・太陽」を象徴しているのは何故か。これを探らなければ、平成の世がラ行の時代で、「太陽」の時代でもあることが判明しません。

ラ行時代イコール太陽の時代である確証は、いくつかの化学的考察からも実証されています。その一部の情報を紹介します。

まず、平成二年の日経新聞です。《史上最大の太陽黒点活動・フレアが地球を狂わす》と報じています。この記事は、黒点活動のみをとらえたものですが、アメリカNASAの発表ではさらに本格的な内容にふれています。《太陽活動は有史以来強まっている》(R・ウィルソン博士)と断言。

その結果、太陽風は人工衛星を故障させ、スペースシャトルなどの宇宙飛行士に変調を与え、オーロラも頻発にあらわれるようになり、日本でも愛知県南知多でオーロラ状の光が観測されています。

このことはすでに81年、NASAのソーラー・マックスという人工衛星の調査で警告があり、その発表内容は「近年、太陽エネルギーに大変動があることが明白になった」というものです。

87年には、旧ソ連・科学アカデミー地球物理学研究所が、「太陽活動、巨大変動に進む傾向。太陽活動と地震頻発は密接関係にある」とコメントしています。くわえて当時のソ連の科学者は、太陽表面に起きる爆発現象(フレア)によって生じる磁気嵐を、人間の皮膚が三〜四日前に感受するという研究結果も発表していました。

また、フランスのE・デュルケムという学者は、「人間の体が太陽からのエネルギー受容量を平常より多く受ける場合、《思考と行動》が異常になる」という画期敵な事実を発見しています。

これは、青少年犯罪の低年齢化、中・高校生の性意識の堕落、渋谷・六本木・新宿などの盛り場彷徨、横須賀・那須などの米軍基地での中・高校女子の深夜徘徊、あるいは、ここ数年来の登校拒否児童の増加、いじめの増加なども太陽変動の影響と考えてもいいでしょう。このほか、覚醒剤原因以外の「突発性の残虐犯罪=暴走族の狂気的殺人犯罪」などもこれに該当します。また、95年のサリン犯罪もこの影響下にあります。

現在もまだ、太陽エネルギーについて詳細に述べられるほど成果はあがっていませんが、それでも、人間の体の中の中枢機能である「脳」に影響を与える事実が判明したことは、ノーベル賞ものの画期的な発見といえるでしょう。


脳に影響を与えるものは、実質的には銀河系彼方の宇宙線を最初に受け入れた太陽から「一時宇宙線」が放射され、熱線とともに地球に到達して我々人間の体に届いて作用します。

また、宇宙線、熱線などを含むいくつかの太陽エネルギーは、私たちの脳の中に浸透して、松果体という機能に影響を及ぼしていることも、最近わかった事実です。その松果体のほぼ中央部には脳砂という極微なものと、水滴状の松果腺が存在していて、その最低部は人間の精神と肉体を支配する、不可欠の究極機能だとされています。

この部分は、あえて不確かな言い方をすれば「魂」が鎮座する場所であり、肉眼では見えない霊的な存在が内包されている場所でもあります。おおよその位置は、顔の正面から推測して、眉間のやや上から約10センチ直線に延びた、脳の真ん中あたりにあると考えられています。仏像などの眉間にある小さな丸は、この存在を示したひとつの証拠です。いわゆる第三の目です。

それはともかく、多くのハイレベルの科学者たちは、異口同音に「人間は生まれてから息を引きとるまで、太陽エネルギーの影響を超先端精密機械のように感知し、その影響から逃れることは不可能だ」と断言しています。

その影響は、いうまでもなく低年齢層の若者達に謙虚にあらわれ、周知のとおり日本にとって悲観的な未来像を示しています。もちろん、日本だけの話ではありません。<br>

そんな状況下の95年(平成七年)には、もともと脳ミソの松果体に欠陥があった組織的グループの人間が、太陽の影響であるラ行霊力によって、その欠陥部分が支障をきたし、ついに狂気の犯罪が起こってしまったのです。

「テロ」あるいは「ゲリラ」、この場合は前者ですが、この言葉自体も「ラ行」の言霊を内在しています。ラ行がラ行を触発するという顕著な事件がサリン事件です。

また、驚くべきことに「サリン」もラ行です。尚、化学薬品の90%がラ行音で名付けられている必然的事実は、混合のさせ方次第で「変革・流動」するからです。変革・流動・及び衝動性はラ行の霊性を示す象徴作用でもあります。


太陽の時代

もう少し太陽と我々の生活について説明させてください。

太陽との関わりはまず地球が最初です。その地球自身は、その温度に応じた大気放射を、外気圏の空間に向けて行うことで、太陽から乱入する光エネルギー量が増え、大気の温度が必然的に上昇した場合、地球自体は一種の自動制御装置(気温)を備えているので、環境を元にもどす働きが作用するから、異常気象などは絶対起こらないと科学者達は唱えてきました。

しかし、現在の「産業活動による排熱が連続的に起きている事実」を加えると、どうやら地球の制御装置も、限界にきていることが判明したのです。いわゆる温室効果の不安が生じて、二十一世紀以降からの人類文明が危うくなるということです。

そこへ太陽活動のさらなる活性化が進み、現状の産業排熱が同ペースで続くかぎり、熱汚染は避けられなくなります。といっても、遠い将来は金星の大気のように470度にまでなってしまう、最悪温室化現象にはならないものと思われます。そんなことはまったくないでしょう。もし、そうなれば、五十音予言はラリルレロで終わってしまい、穏やかな世界である「ワ」の時代が来ないことを意味します。したがって、温室化といっても異常気象がエスカレートして、一大食糧危機と水不足、火山噴火の頻発で人口が半減するぐらいだと思うのです。そのことは、すでにふれた事実です。

60年代から始まったラ行の時代は、以降毎年に暖冬現象が頻発化し、ここ九年間、連続的暖冬異変が続いているのは周知のとおりです。

一方に暖冬の国があれば、同時期に異常寒波に襲われる国々があり、ある地域に記録的豪雨があって、他の国では熱波の干ばつが続く。ここ二十数年、世界的規模での異常気象が当たり前になってしまいました。皆さんはどう思われますか?

冷やしては熱し、熱しては冷やすを繰り返しながら、五十音経綸が着々と進んでいきます。93年の長雨冷夏のすぐあとの94年はまったく反対の異常小雨・異常酷暑の年となりました。再度言いますが、こういう現象は千年に一度もないという異常事態です。

だが、我が日本人はまったくの無頓着です。時が経てば、三原山噴火も普賢岳噴火も、奥尻島災害も、阪神大震災も、サリン大事件も、その後の驚異現象や自然災害も、み〜んな忘れてしまうのです。メデタシ、メデタシ・・・

大化改新の直前、当時の老人たちはこんなことを口にした。
「移風(ときかわ)らんとする兆(きざし)」つまり、風の向きが変わって、これから予想もしないことが起こると言う意味です。つまり、今までとは異質の、想像だにしない時代がはじまるということをいっているのです。

それは、すでに長々と話してきた、60年代からはじまっている「ラ行の時代」、すなわち「太陽の時代」のことでもあります。

「時、変わらんとする兆し」、今までとは異質の時代がはじまる兆し、それが今も継続して、次第にサイクルが早くなっていることを覚えておいてください。まだまだ、大波乱が待ち続けていることを・・・。ラ行の時代は、まだ終わってはいないのです。


リルレロの言霊の実

日本の単一的固有財産の一つである言霊に、かくも不思議な意味が隠されていたことは俄に信じ難いものですが、五十音配列の中でもっとも注意すべき存在であるラ行の裏言霊の説明に入ります。

ラ行の裏言霊はほかのアカサタナハマヤラワ行には見られなかった強烈なプログラムが隠されているという事です。つまり、ア行から始まって、今はラ行の時代に入っている事実を凝視すると、ハッキリいってとんでもない時代であり、避ける事が出来ない時代である。

さて、ラ行の裏言霊に象徴される「火・昼・陽・左・表・東・太陽・・・・」などをふまえてひとつひとつ解説していきます。

◎ヤ行の時代まで下、または従とされていたものがラ行時代になって「上」または「主」となって、浮上、昇る、報われるといったはたらきが顕著になります。

◎ヤ行の時代まで陰、または凹であったものがラ行時代になって「陽」または「凸」なります。凹が凸になるわけですから、地下に潜っていたものや凹んでいたものが地表に出るという意味です。一面では、収縮していたものが伸張現象を起こしたり、また、陰として隠れていたものが陽になる事で、形が明確になります。

◎ヤ行の時代まで裏面、または内側であったものが、ラ行時代になって「表」または「外」に顕現します。すなわち、これまで裏側に隠れていたものが表側に出て、内部に隠れていたものが外部に姿を現すという意味です。

◎ヤ行の時代まで水、または右の摂理で動いていたものがラ行になったことで「火」または「左」の摂理で動くようになります。別の見方をすると、これまで水の時代(唯物的文明)であったのが火の時代(霊的文明。オカルト文明に非ず)になるという意味です。つまり、ヨコ(水)の時代がタテ(火)の時代になって、立て分けがハッキリする時代でもあります。しかも、いままで右回転であった摂理が、左回転の摂理に変わりますから諸々の現象が活発になります。さらに、いままで冷たかったもの(水)が、熱くなり(火)、固まっていたもの(氷)が熱せられて溶けてきますから、気象変化も顕著になります。

◎ヤ行の時代まで月の影響下にあったものが、ラ行時代になり太陽の指揮下に入り、月や星の時代から太陽の時代に移行します。今までの西洋文明主導から東洋文明主導の時代へ変化していきます。つまり、欧米の時代(西)から、日本やアジアの時代(東)へ移行するわけです。また、人間は生理的にも精神的にも太陽の影響を強く受けるでしょう。

◎ヤ行時代では、はたらきが軽減されていたラ行の表言霊(ラ行音を含む名前、地名など)が、いよいよラ行時代になったということで、ラ行の霊威である「回転・流動・変革・衝動」「火の霊性」などが、前項までのラ行時代摂理と複合作用を起こして、面白いように具体化していきます。

ここまで列記したものが「ラ行の裏言霊」として、私達の身辺に影響を及ぼしていく主だった事例です。


「ラルロの嵐」と天変地異

ラ行の時代が大荒れの時代であることもわかりました。「大荒れ」と言えば、すぐ天変地異を想像するでしょう。そして、大地震とか火山の噴火、あるいは局地的な豪雨、竜巻などを思い浮かべる事が出来ます。

しかし、平和ボケした私達は、毎年のように続いている異常気象や、長期に渡る雲仙普賢岳の活動、奥尻島地震、阪神大震災、最近活発化している局地的災害などに一時的な関心を寄せても、日本人にとって「災害とは、忘れる物なり」でしかないのです。80年代以降に起きた三原山の噴火も、有史以来の木曽御嶽山の噴火も、伊東沖海底噴火や普賢岳噴火など、時が過ぎ去ってしまえば誰も振り返らないのが現状です。多分、今現在起こっている諸々の災害に対しても、一時的な驚きで片付けてしまうでしょう。

日本人は、自分が直接災害を受けなければ、それで良しとするメデタイ民族です。

真光の岡田光玉師は「昭和37年は火の洗礼期第1年なり」と神示を頂いています。
言霊学の資料を見ましたら、1962年・・・・つまり昭和37年からラ行すなわち「ラルロの嵐期」に入ったと書かれて有りました。岡田光玉師への神示と言霊学上では一致するわけです。


●ラ行(火の洗礼期)を裏付ける天変地異と異常気象


◎1962年(昭和37年)
この年一月より、地球の自転速度が一万分の一秒の値で変化し始めた(東京天文台観測)。日本各地で異常高温を記録。爆発事故が続発して死傷者多数。小・中クラスの地震が頻発化する。十勝岳爆発。中学生犯罪が急激に増え始めた。インドネシアのアグン火山が突然噴火した。

◎1963年
北日本、特に北陸地方でかつてない記録的豪雪を記録。欧米では異常寒冬を記録。ナイアガラの滝が凍結。ドナウ川も270Kmにわたって結氷した。

◎1964年
東京オリンピック開催。日本は異常暖冬、四月は異常高温を記録(十二月も)。新潟大地震が勃発。工場やタンクローリー車の爆発事故が多かった。国内をふくめ、ヨーロッパ諸国で地震が多発した(トルコは激震)

◎1965年
日本は四月と七月が異常低温を記録。欧米諸国はさらに異常低温だった。長野県松代の皆神山を震源とする「松代群発地震」がはじまり、二年後の沈静化までに59,300回の小・中地震を記録した。メキシコ、南太平洋海域でも地震が多発した。<br>

◎1966年
欧米は前年につづいて異常寒波。中国全土では干ばつ。日本の冬は北日本で異常低温。

<以上、62から66年までの6年間>

◎1967年
南極のシェトランズ島の火山が爆発。アラスカ、トルコ、ウガンダ、台湾、旧ソ連、ペルー、ギリシア、外モンゴルなどで大規模地震が続発。日本は春先から夏に異常高温。

◎1968年
十勝沖、伊豆七島、日向灘、宮崎えびの、豊後水道付近などで地震。ほかに、ニカラグア、シチリアで死傷者がでた地震。北半球では雪氷面積が減少しはじめた。

◎1969年<br>
オホーツク海流氷量がはじめて急減少した。世界的に海面水温がやや上昇ぎみ。中国の渤海湾でM7.4の地震。日本は各地で弱震が頻発。

◎1970年
中国唐山で地震。日本も小地震頻発と低温の春。東ヨーロッパは寒波。

◎1971年
沖縄で記録的猛暑。本土は前半は以上多雨、後半は以上少雨を記録。世界各国では豪雨が頻発して多くの被害を出した。この年は、60年代と比較して約五倍を超す気象異常。

◎1972年
世界的な異常暖冬の年。南極も異常高温を記録した。その一方で、インドで寒波、中国諸国で異常大雪のアンバランス。干ばつも世界各地でつづき、とりわけサハラさばくの異常干ばつは四年連続となった。ニューヨークは異常熱波で被害者続出。八丈島近海地震。

<以上67から72までの六年間>

◎1973年
日本各地で暖冬。夏は世界的に猛暑。南極では三十度の以上猛暑を記録。アイルランドのベルガフェル火山が千年ぶりに噴火。国後島の火山も百六十年ぶりに噴火。<br>

◎1974年
各地で寒波、豪雪を記録。沈黙をしていた火山がつぎつぎとに爆発。三原山小噴火、鳥海山が百五十三年ぶりに噴火、西之島海底火山噴火、妙高連峰の焼山噴火、新島が微小隆起。東日本一帯に広域地震発生。

◎1975年
旧ソ連の暖冬異変を筆頭に、世界的な暖冬現象を記録。日本は異常的残暑が続いた。

◎1976年
日本は六月に異常高温、北海道帯広で37.4度。桜島南岳の最大級の爆発。駒ケ岳の噴火。列島全域で弱震頻発。七月は百年ぶりの冷夏(93年冷夏の予兆)
西ヨーロッパでは猛暑、ロンドン・ワーズワースでろうそくがとける異常。パリは、五月に三十度以上の暑さ。旧・西ドイツ国境アルザス地方では季節はずれの大雪を記録した。
大地震は、ペルー中北部、コロンビア西部、イタリア、アフガニスタン北部、中央アジア一帯、インドネシア、パプア・ニューギニア、ソロモン諸島、バリ島、ミンダナオ島、イラン山岳部、トルコ東部、中国河北省北部を含む全土五ヶ所。総死者十万人。
噴火は、ラスフリーエル山(休火山)の大爆発と、フィリピンのタール火山の大噴火。

<以上、73から76年までの四年>

◎1977年
寒冬、冷夏長雨の年。八月はアメリカを含め、一時的猛暑。北海道有珠山の噴火。

◎1978年
日本は猛暑と局地的干ばつ。アメリカ寒冬、ヨーロッパでは冷夏。伊豆大島近海の群発地震から伊豆半島沖地震M7がおこり被害が出た。西日本広域地震、世界各地で中地震。

◎1979年
日本は史上最暖冬を記録。秋も暖秋、大晦日は例年より3.2度も高温。アメリカは寒冬、旧ソ連は少雨干ばつ。インドネシア西イリアン地震で町の半分が海没。エトナ火山の噴火。コロンビアで死者八百万人の地震。木曽御嶽山が有史以来の大爆発。

◎1980年
日本、冷夏と冷害。アメリカは猛暑、旧ソ連は二年続きの干ばつ。インドでは寒波が襲来して凍死者がでた。死傷者多数を出した地震が76年同様に世界各地で続発したが、紙幅の都合上カットする。天が変われば、地も変わり、アメリカのミサイル(ICBM)の爆発事故、バンコクの兵器工場爆発事故、旧ソ連源潜の火災事故、ニューヨークやラスベガスのホテル大火災など、文明的「ラ(火)行」も続発化し始めた。同時に、南極の以上暖冬も継続する。また、航空機事故が世界的に多発。低年齢層の残虐犯罪が続発。七歳の子が三歳の女児を殺したり、十三歳の女の子が母親を殺す事件。他にも十三歳が姉を猟銃で射殺した事件。イラン・イラクの全面戦争。アメリカのセントヘレンズ火山が世紀の大爆発をした。

<以上、77から80年までの四年間>

<81年から93年までの13年分の社会・自然事象の抜枠>

以下、かなりの量をカットしてあります。ご了承ください。

◎長崎で猛暑のためにレールがのびて脱線事故。中国で連続二十日間の豪雨、仙人以上の死者。フランス、七月の大雪。イラン南東地震で三千人以上の死者。千島列島のアライド火山、マリアナ諸島のパガン島の噴火。オンライン異常故障続発をふくめ、コンピューター関係のトラブル多発。中学生犯罪いよいよ増加の傾向(81)

◎豪州で熱波、南米で洪水。インドネシアなどで干ばつ。欧米で大寒波、フロリダで死者六百人。同、四月に猛吹雪で死者続出。メキシコのエルチチョン火山大噴火。補導中学生急増加し、フランスでは十年前の五百%の増加(以上82年)<br>

◎日本は春の大雪、しかも七月なみの異常高温。インドでは寒波死者三百人。北半球全域で暖冬異変。モスクワで四月の異常高温。アメリカ東部は熱波で百人以上の死者、同時期西部は吹雪、十二月はマイナス46度の大寒波、百人以上の死者。日本海中部沖地震、津波などで死者百人以上、余震365回。三宅島噴火(以上83年)

◎東京、大雪と寒冬で水道管破裂が千四百件。日本海側で低温異変のとき、八王子では39.4度、十月の真夏日。十二月は北関東で異常高温。南極が暖冬異変の時期、北ヨーロッパでは寒波襲来。北アメリカが大雪の時期、モスクワでは猛暑。硫黄島北方の海底火山が噴火。(以上84年)

◎モノレールが脱輪するほどの猛暑。バングラディッシュの熱波で五万人の死者。フランスのアルプスでは八月に大雪を記録。アメリカでは異常寒波。コロンビアのネバドデルルイス火山の噴火で死者数二万人。硫黄島から南南東の海底火山が小活動。日航機ボーイング747SRが御巣鷹山に墜落した。この年、航空機墜落事故が多発。(以上85年)

◎三月の降雪で関東六十万世帯が停電。台風上陸ゼロ。インドで寒波。硫黄島南東の海底火山が再活発化。11月15日伊豆大島三原山が、安政年間以来の大噴火。千島列島のパラムシル島付近で噴火。アラスカのオーガスチン火山が噴火。中央アフリカのカメルーン山で火山性毒ガス噴出、死者二千人。スペースシャトル・チャレンジャーが大爆発、乗員七人全員死亡。エリーズロケット、デルタロケットの爆発事故。チェルノブイリ原発大爆発で世界的衝撃(以上86年)

◎ギリシアで熱波の死者数千人。アラスカやインドネシア・バヌアツ・ロスアンゼルスで地震。カムチャッカで三つの火山が連続噴火(87)暖冬異変でひまわりが咲く。四月は大雪。モスクワ、最悪の熱波。北極圏で34度の高温。中国の南京・上海で熱波死者多数。航空機墜落事故、一月から十月まで史上最多の31件。エイズ死亡人口、世界総数八万八千人に。アルメニアで死者二万人以上の地震(88年)

◎昭和天皇崩御。暖冬。
旧ソ連、中央アジア、タジク共和国で死者千人以上の地震。気象庁はこのまま温室効果が進むと四十年後に、気温が1.5度〜3.5度上昇すると警告。太陽で最大級の爆発、日本でオーロラを観測、ラ行が証明された。気象庁の大型コンピューターが異常故障。幼女連続殺人事件でラ行名二人が被害に。伊東沖手石島近海で海底火山の噴火勃発。サンフランシスコ地震、死者二百人以上。暖秋で野菜暴落。今世紀最大の金星食(89年)

◎以下、90年(平成二年)から・・・「首都圏、久々の大雪で大混乱。北半球異常暖冬。春の大異変、桜が咲いて大雪が降る天変地異(16年前原稿の予言が的中)豪州大豪雨、大陸の十二分の一が水没(同、的中)。イラン地震で死者二万五千人。連日の猛暑で電力ピンチ。台風19号で厳島神社倒壊、このときの瞬間突風は「八百年に一度」の大強風。竜巻が異常発生し、各地で被害甚大。三原山、二年半ぶりの噴火。暖冬加速。雲仙普賢岳が噴火、火砕流による死者が多数。痴呆老人百万人突破。ピナツボ火山大噴火。冷夏。翌91年、大雪で首都圏交通マヒ。東京、震度5の広域地震。92年冬、六年連続のハッキリとした暖冬が続く。と思った矢先三月の雪。南太平洋の小さな島々が、21世紀末までに温暖化で水没することが判明。フロリダで巨大ハリケーン。ミシシッピ、ほかの四州で巨大竜巻。温暖化東京、冬日激減。93年1月、東京全域で強震。釧路、八戸震度6。七年連続暖冬。それもつかの間、一月下旬は日本海側中心に暴風雪。橿原神宮・神楽殿の火災。能登半島沖地震。アメリカ東部暴風雪。<四月、夏と冬一度に到来。原稿予言的中>。東京震度4。北海道南西沖地震で奥尻島を中心に、津波火災で死者約二百人。奥尻島80センチ沈む。台風で豪雨被害、ロス直下型地震、普賢岳・火砕流全方位流下、冷夏長雨で空前の米凶作、94年、米の買占めとパニック、バブル不況深刻化、細川辞任して政局混迷化、引き続き羽田政権短期沈没、予想に反して村山政権誕生、etc」
尚、引き続き94年は、ロスアンゼルスで直下型地震、中華航空機墜落事故で多数の方が死亡、そして円急騰97円台、そして記録的な大猛暑の連続と西日本を中心とする水不足等・・・・あった。

◎以後、95年1月は、兵庫県南部地震(阪神大震災)、復興覚めやらぬ3月に首都圏地下鉄サリン事件、オウム真理教正体暴露事件を含め、異常気象、局地的地震や噴火、狂気犯罪が勃発。為替相場では円高と円安に振り回されたり。そして、96、97、98年と、私たちが夢想だにしない事件、事象が、「喉もと過ぎて、暑さ忘れた頃」に訪れ、言霊の経綸どおりに世界は進行し、21世紀になってもなおカタストロフィーが○○○○年まで続くのです。これを阻止するには序文でも触れたように、各人が想念を転換するしかありません。そのためには、言霊と背中あわせの存在であるコトバを正しく使うことからはじめる必要があります。

天もラ行になっていて(天変)、地もラ行になっている(地異)現在、五十音の言霊を単なる面白情報にしか考えず、これまでの実証データをただの文字の羅列にしか思っていない方は、60年代から90年代まで延々と続く異常と異変が、自然界だけでなく国際情勢・政治経済など、すべての事象に波及している絶対的事実を認めなくないものと推察します。しかし、どう考えても天と地が<オカシイ>のは間違いないのです。また、人間もしだいにオカシクなって(狂気化)いる事実は、最早否定できないのです。

いずれにしても、これからは各人の覚醒が必要になります。

言霊学上でも・・・・・
「水の時代(唯物的文明)であったのが火の時代(霊的文明)に。横(水)の時代が縦(火)の時代になる(立て分けが厳しく)。今まで右回転であったものが、左回転の摂理に変わる。今まで冷たかったものが熱くなる。固まっていたものが溶ける。」

となっています。
この内容は、岡田光玉師の教義と見事に一致します。

また、言霊ではラ行は悪事がバレる時代でもあります。

◎ヤ行の時代まで裏面、または内側にあったものが、ラ行時代になって「表」または「外」に顕現します。すなわち、これまで裏側に隠れていたものが表側に出て、内部に隠れていたものが外部に姿を現すという意味です。

暗闇(夜)から明るみ(昼)に出てしまった事件をいくつか列記します。
ロッキード事件、日商岩井事件、撚糸工連汚職事件、リクルート事件等があります。最近は雪○食品やニッ○ンハムなどの不正が明らかになっています。

これも、言霊学からはみると理解できるわけです。


ワッショイの言霊

ここでもう一度言霊の原点にかえり、無知なる人々に参考程度の警鐘をお知らせいたします。それは、季節を問わず日本のどこかで見られる祭りに関することです。

その祭りに定番なのが、神輿かつぎです。そして、昔から人々が力を合わせる掛け声はワッショイと相場が決まっておりました。


江戸の祭りを含め日本中の神輿かつぎの掛け声がワッショイであったにもかかわらず、昨今は、ワッショイに代わって、何故か「セイヤ、セイヤ」「スイヤ、スイヤ」。または「ソイヤ、ソイヤ」「オリャ、オリャ」「ドッコイ、ドッコイ」などが蔓延しています。これは、一体どういうことなのでしょうか。残念なことですが、今や、神田祭をはじめとする東京中の祭りは、セイヤとかソイヤの掛け声に占領され、ワッショイを耳にするのは絶望的です。

いずれにしても、ワッショイ以外の掛け声は言霊でもなければ、ことばとしての掛け声でもないのです。神輿の掛け声の変化は、実はかつぎ方の堕落と、日本の産業変化によって生じています。

さて、本題に入りますが、ワッショイは神輿かつぎの掛け声ではなく、ワッショイの「ワ」は、古代語の親しみと和(なご)むを意味する言霊です。また、自分を自称する「わ=吾」を意味し、感動を表す「わ」、歓声の「ワー」でもあります。大きな物を複数の人がいっしょになってかついで、それを他の場所に移動するとき必ずワッショイの声を出しますが(大木を移動させたり、石を動かしたり)、このときの情況は言うまでもなく、ワ(自分)の複数の団結でワ(感動)が生じてワ(歓声)になり、そして和みのワになるわけです。これらの意味を知らず、セイヤの神輿かつぎをすることは極めて低劣でしかありません。

また、何よりもワとは、五十音の最後の行である「ワ」を象徴した重要な言霊であることです。ワの言霊には、世界の平安を祈念するための意味がこめられています。そのワを背負う(ショウ=ショイ→引き受ける)は、「ア行からはじまった万世がラ行を無事はたし、最後のワの世界を成就せんと神が願う気持ちを、人も共有する」の意味が隠されています。そのための方便として、祭りではみんなが和やかな気持ちをもって掛け声を出し合います。当然ながら、セイヤとかソイヤ、スイヤではまったく用を足さないばかりか、神の経綸に具現された言霊を無視し、下劣な掛け声をこのまま続けているかぎり、当事者達の頭上には必ず100%の不運が訪れるでしょう(どんな形であろうと)。ましてや神輿の上に人が乗るなどとはとんだ無礼になります。(神輿の形自体には異論がありますが)。

「ワ」は日本と世界が待ち望む言霊です。しかし、今はまだラ行の時代で、ワは遠い先の事となるでしょう。わたしたちは、いつかその日を迎える事を願って、祭りでワッショイの掛け声を復活させ、それを皆で讃える事が急務となります。


言霊からみた「霊示と神示」

霊言とは、正確にいえば神霊から「霊格者」をとおして告げられたメッセージ、あるいは警告のことを言います。審神者立会いのもとに、荒深道斉をとうして示されたミチノオミからの教示がこれに該当します。

(注・・・荒深道斉とは神道家であり霊能者でもあり、言霊学研究者でもあります。鎮魂帰神法などで神霊を降ろしたり、その筋には有名な方です。ミチノオミ<道臣>とは、神武天皇に仕えた古代神霊で、浅野和三郎氏が審神者をされ、霊示集が出ています)

また、大本教開祖・出口ナオをとうして自動書記された神託(警告)も、言霊の枠に入れることができますが、岡本天明によって自動書記された日月神示は普通のメッセージです。三者それぞれの相違点は、道臣命古代霊からの教示には格調高い上古語をベースに言霊の本質が内在されていますが、出口ナオや日月神示には暗号化された抽象的な警告文があるにせよ、品格ある日本固有の言霊は見当たりません。

『大本神諭』や天明の『日月神示』関連の本から文体を見れば、そのことがハッキリします。たとえば天明の本では「岩戸は五回閉められているのざぞ・・・・中略・・・これからが正念場ざぞ」「・・・真ん中の国であるからぞ」「・・・九分九厘と申してあろうがな」「神の仕組みじゃ」「・・・やり方変えてくれよ」などなど、ほとんどが「・・・ぞ」を多用した意図的な造成語や、現代日常語が混入されて作られています。

一方の大本神諭では、日月神示よりも文体の不自然さは少なくなっていますが、ミチノオミの霊言と比較すれば、やはり神代言葉から遠ざかり、品格さに欠けます。しかし、このことで出口ナオをとうして示された霊言がダメだとは、まったく考えていません。

以上の事から、日月神示を盲信するあまり、これらを言霊と名付けて「本」のタイトルにしたり、ことさら神格化する風潮は言霊の真意を曲解させるものですから、その点を吟味して軌道修正していただきたいと思います。また、天明の亜流として一部に密かに出回った霊示本は、上代語皆無、現代語多用、火と水の解釈が出鱈目の創作物です。


ヒ・フ・ミは火・風・水

「ひふみ」を唱えると、なぜコトタマが躍動するのか。それは四十七音(字)に「ん」を加えた四十八音(字)の中に、宇宙創造と人類創生の神秘が隠されているからである。すなわち、宇宙創造のさいに鳴り生り成り響いた四十八音の中には、その一つひとつの音を象徴する神々がおられるのである。

とうぜん、四十八の神々は、人類創生の経綸に深く関与している。というよりも、人類はすべて四十八神の分霊をいただいているのである。ちなみに、すもうの四十八手もそれに因むものだし、阿弥陀仏がこの世に生をうけたすべての人間を救済しようとして四十八願を立てたのも、この四十八音が象徴する人類創生の神秘に由来している。

もちろん、「ひふみ」というからには、わたしたちは最初の三文字であるヒ・フ・ミに注目しなければならない。ヒ・フ・ミをコトタマ的にみると、この三文字が宇宙創造の言理をあらわしていることがわかる。すなわちヒは火であり、フは風であり、ミは水である。
つぎに、この火をカとよむと、火と水でカミ(神)になる。すなわち、火と水の言理によって神になるのである。



古史古伝と「ス」の言霊

古代語としても裏づけされた言霊色の高いものとは別に、比較的近世に近いある時期に、言霊というより古代史の上から言葉の謎を追求したものがあります。

そのひとつとして、一部で絶大な人気を誇る古史古伝があります。つまり『記・紀』を含めた古典四書とは違ってアカデミズムとは無縁な異端書のことで、古史とは「上記」「秀真伝」「三笠紀」「カタカムナのウタヒ」の四書のことを呼称し、また、古伝とは「九鬼神伝精史=通称は九鬼文書」「竹内古代史=通称は竹内文書」「富士高天原朝史=宮下文書」「物部秘史=通称は物部文書」</b>の四書を言い、以上を総称して古史古伝と呼んでいます。これらの真偽は省略します。

参考までに言葉に関わるものとしては、たとえば秀真伝では、伯家神道に伝わる「トホカミエミタメ」と同じ言霊が登場します。違う所は、伯家が「エミタメ」であるのに、秀真伝では「エヒタメ」と言っています。

この「トホカミエヒタメ」は、国之常立命の皇子である八神、すなわち言霊八神であると解釈したために名づけた言霊です。

この八つの言霊は、幕末期の一部神道家に伝わって、この後で紹介する教派神道系の井上正鐵の教理に多大な影響を与えています。また、先述の荒深道斉もトホカミエタヒメを鎮魂の行に使用したことが知られています。

先ほど触れた、教派神道系の井上正鐵は禊教の開祖ですが、彼は天保五年に白川家に入門し、同九年に正式本免許状を受けて、伯家神道のトホカミエミタメ(秀真伝ではエヒタメ)を三種祓詞に取り入れて、独自の教理を確立しています。白川家入門の前年に不思議な霊夢を見たことから、そこで示された宇宙の中心音スの言霊を思わせる啓示を受けています。これは、後の神道霊学者に影響を与える○チョン、つまり○の中の中心に「・」を入れた『ス』の言霊の記号とされ、出口王仁三郎らに支持されるようになりました。

上代語(古語)でも、「ス」は尊敬の意を表す音節と解されていますから、神道の音色を意味する鈴の「ス」として定義されるべき言霊です。

最初の音節「ア・ヤ・ワ」は天地人に置き換えると、秀真伝の「アヤワ」と類似しています。ほかに、五十柱の神と定義して、その中心音をスと呼び、○の中の中心である「・」をス神と呼ぶ言い方もしています。また、タカマガハラをタカアマハラと発音する等々は、真の道(創始者=萩原真)や真光系の教団(創始者=岡田光玉)や大本系の各教団に影響を与えています。


水から火への転換

第三次宗教ブームの中で、今、多くの霊的教団によって、<水>の時代から<火>の時代へと突入した、と指摘されている。もちろん<火>には<霊>の義があり、<水>には<身>の義がある。その意味からもホツマツタエのトホカミエ<ヒ>タメのコトタマが注目されだし、トホカミエ<ミ>タメからトホカミ<ヒ>タメへ転換しつつあるといえよう。すなわち、コトタマのほうも、<ミ>から<ヒ>の時代へ突入したのである。

ところが、ここで、私たちが注目しなければならないのは、タテワケが厳しい<火>の時代こそ<水>のやさしさが求められる、という点である。たしかに、<火>はすべてを焼き尽くし浄化してくれるが、一歩間違えば、それは地獄の火ともなりかねない。肉体をもっている私達は、<火>の中で生きることができないからである。

その意味でも、<水>の時代から<火>時代へ転換した<今>という時代こそ、水のやさしい流れが必要になってくるのである。しかも、火も極まると水のように水平に這い、水も極まると火のように立ち昇り、さらに水素と酸素に分解して燃えることもあるのだ。<火>の時代に入ったからといって、<ミ>を切り捨ててよい、ということにならないのである。今がアクエリアスの時代である意味はここにある。

それに、宇宙剖判、天地創造の原理をひとことであらわした烏伝神道の<火水開噛>をももちだすまでもなく、<火>と<水>の二つの要素がそなわって初めてカミ(神)が出現するのである。


岡田茂吉と言霊

言霊の実験というと、大本の出口王仁三郎が有名ですが、救世教の岡田茂吉の事例を見つけました。(HP制作者)

言霊の奇蹟

現在行われている世界救世教の浄霊法は、「大本」教の鎮魂帰神法に端を発していて、その後長い探求の道程があり、昭和九年五月にようやく確率をみたものである。

以前には「鎮魂」とよばれ、確立後には「施術」「治療」、戦後昭和二十二年八月日本観音教団(世界救世教の前身)設立とともに「お浄め」となり、「浄霊」とよばれるのはさらにその数ヶ月後のことである。

昭和七年、茂吉師が大本の東京本部常任委員をつとめる頃は次のような方法が行われていた。
相手に掌をかざしながら

「一二三四五六七八九たりぁー」

という天数歌を三回口の中で唱えて祈る。そして、相手からやや離れ、空中に自分の指先で、

「この中浄まれ」

と書いた。また言霊の力を用いて、たとえば頭痛の人には、

「この者の頭の痛み去れ」

という言葉を発し、息を吹きかけた。
なお、合掌して祈ったあと、息を吹きかけながら掌をかざす方法も行われた。息を吹きかけるのは、罪穢れを祓い浄める祓戸の神の働きを示したものという。

ここで私が注目するのは「言霊」である。

現在の浄霊法では言霊は用いられていないが、茂吉師は生前しばしば言霊による奇蹟を現出している。

たとえば、昭和五年七月二十一日のこと、茂吉師以下一行十一名が富士山に登った。
ところが五合目あたりから霧がわいて一行をつつみ歩行が危なくなった。そこで一行が茂吉師に相談すると、師はしばらく合掌してから、

「霧、去れ」

と唱えた。すると眼下の霧はたちまち消えて晴れ上がったという。

また、こんな話もある。
酒乱男の霊に憑られて猛り狂った男が茂吉師の前に連れてこられた。師は合掌の後、

「傷みよ、去れ」

と唱えた。とたんに、暴れていたその男は骨なしのようにクタクタになってしまったのである。

思えば、イエス・キリストの奇蹟はほとんど言霊によるものである。

(中略)

茂吉師は大正十二年大本に再入信してからは、聖師出口王仁三郎に従って神霊学と言霊学の研究に没頭している。大正八年教祖出口ナオの没後、王仁三郎宰配下の大本は霊学のメッカの観を呈していた。

王仁三郎は長沢雄楯、大石凝真素美に師事して霊学と言霊学を学んでいる。ちなみに大本の秘儀「鎮魂帰神法」(浄霊法の元型)は長沢雄楯の師本田親徳の開発によるものである。したがって、茂吉師の霊学は本田親徳、言霊学は大石凝真素美の流れを汲むわけである。

手かざしの浄霊法は昭和十五年頃に信徒一般に開放されているが、言霊の秘儀は開放されていない。茂吉師は機に応じて自ら行うほかは、ごく限られた人にのみ伝えていたようである。

「神様を見せてあげよう」 谷口 慧・著より


出口王仁三郎の言霊実験

さて、中村孝道と大石凝真素美の言霊学をミックスして大成させた喜三郎は、後に王仁三郎と改名するが、この言霊の威力を周りの人に見せたことがある。

王仁三郎の常人を逸した言霊の威力を示す逸話がある。ある食事に招かれた席で、王仁三郎が縁側で休んでいると、中の一人がこう頼み込んだ。

「聖師さん、なんでも聖師さんは雨を降らせることができるといいますが、一つ我々に見せてもらえませんか」

「いやいや、風雨を私ごとで勝手に操るなど、神さまに申し訳ないですから・・・」


そう言って最初断っていた王仁三郎だが、ついその頼みを断れず、とうとう始めることになった。その日は夏の蒸し暑い風一つない天気だった。

「ほな、まず風を呼びましょうか。風の神、風吹け」

すると今まで風一つなかったはずの天候が、次第にそよそよと風が吹き始め、最後には強い風が吹き始めた。

「では、これでいいでっしゃろう。次は雨を降らせましょう。水の神、雨降らせ」

王仁三郎の言葉のとおり、今度は次第にポタポタと雨が降り始め、最後には土砂降りの雨となった。

「ほな、この辺でよろしいでしょう。風の神、風やめ。水の神、雨やめ」

王仁三郎がその言葉を放つと同時に風も一瞬にしてやんだ。それを見ていた一同は、ただ呆然と眺めていた。

王仁三郎が自在に言霊によって操った威力こそが、超人としての彼自身の完成でもあった。

「裏金神」西郷武士 著 より