釈尊が開いた本当の仏教とは・・・・ここで考えていきたいと思っています。

釈迦の読み方 封印された釈迦の秘予言 日本人に受け入れられなかった釈迦の出家主義 薬師三尊像の装身具が表現する大乗仏教の新概念

釈迦の読み方

●釈迦−−−は誰もが知るように仏教の開祖である。

じつをいえば、釈迦は仏教徒ではなかったのだ。これは、突拍子もない発言ではない。たとえば、キリストにしたって同じ事で、彼はユダヤ教徒であって、絶対にキリスト教徒ではなかった。キリスト教はイエス・キリストの死後、その弟子たちによってつくられた宗教なのである。

釈迦は仏教を超越して、自由に(主体的に)生き、自己の直面した現実の中で、自由に(実存的に)思索したはずである。彼は独自の方法で人生の諸問題と対決し、そして、それを解決したのである。その釈迦が説いた教えが「仏教」であるのはまちがいとしても、釈迦その人は、けっして仏教徒でなかった。わたしは、そのように考えるのである。

つまり、こういうことである。釈迦の説いた「仏教」は、いわば形骸化される前の「仏教」であったのだ。そして、わたしたちが現在知っている仏教は、すでに形骸化されてしまった仏教である。そんな形骸化された仏教でもって釈迦を捉えてはならない。そんなことをすれば、結局は釈迦の教え・思想を誤解するはめとなり、その教え・思想がわれわれの現代とは無縁なものになってしまう。単刀直入に言うならば、仏教はつまりは葬式仏教でしかなくなるのだ。


●『釈迦仏教』とは何か

釈尊の入滅後、長老=マハーカッサパを中心に仏教教団は維持された。釈尊の教えを聴聞した弟子たちが集まり、それぞれの記憶をつきあわせて、口承経典をつくりあげた。また、彼らは釈尊の制定された戒律を忠実に守ったのである。これが、いわゆる小乗仏教教団である。

小乗仏教≠ニいうのは、大乗仏教徒が呼んだ貶称であるから、私はこれを釈迦仏教≠ニ呼んでおく。ともかく、釈迦(釈尊)の教えに忠実な仏教であったのだ。そして、この釈迦仏教が、現在、東南アジア諸国に伝わっている仏教である。もちろん、釈迦仏教の内部でも、時代の変遷とともに分裂や消滅があった。しかし、細かなことを言い出すとややこしくなるから、釈尊の教えにつながる伝統的な釈迦仏教≠フ教団があって、それが今日の東南アジア諸国に伝わっているのだと思って頂きたい。大筋だけがわかれば、それでよいのである。


『仏陀仏教』とは何か

ところで、釈尊の入滅から数百年(三百年から五百年ばかり)たったあと、インドの地に、釈迦仏教とはまったくちがった新しい仏教が芽生えてきた。それが大乗仏教である。大乗≠ニは多くの人を救うことができる仏教−−−の意味である。これは別段、貶称ではないから、われわれもそのまま大乗仏教≠フ名称は使ってもよいが、小乗仏教を釈迦仏教≠ニ名付けたのだから、それに合わせて、わたしは大乗仏教を仏陀仏教≠ニ呼ぶことにしたい。この仏陀仏教の流れが日本にまで伝わって来たのである。わたしたち日本の仏教は、ほかならぬこの仏陀仏教(大乗仏教)である。

ところが、もうお気づきのように、この仏陀仏教は釈尊のあずかり知らぬ仏教である。釈尊の滅後数百年もたってできた新興宗教を、釈尊が知っておられるはずがないのだから。

もっとも、釈迦仏教の教団から分裂して仏陀仏教ができたのであれば、仏陀仏教も釈尊につながるわけである。それならちょうど、キリスト教において、プロテスタントがカトリックから分かれたようなものである。プロテスタントは、カトリックと同じ『新約聖書』に準拠している。ただその『聖書』の読み方、解釈が違うだけだ。仏陀仏教も、釈迦仏教の教団が拠りどころとしている経典を使っているのであれば、キリスト教の場合と同じ事になる。

ところが、じつはそうではない−−−。

仏陀仏教は、釈迦仏教から分裂してできたものではない。昔はそう思われてきたが、近年の研究によると、仏陀仏教はまったく別な地盤から発生した宗教だとされている。

のみならず、仏陀仏教は、釈迦仏教とは別な経典をつくったのである。『法華経』や『般若経』『維摩経』『浄土三部経』『華厳経』などの、いわゆる大乗経典と呼ばれるものがそれで、これらの経典は、釈尊の滅後数百年してからつくられたものである。だから、釈迦仏教の人々からは、仏陀仏教の経典(大乗仏教)は自分勝手な創作である、と非難されるわけである。そして、歴史的・文献的に見れば、その非難はある意味正しい、といわなければならない。


●人間・釈尊と人間でない釈尊の違い

経典の問題は後回しとして、仏陀仏教の成立の経緯を述べておく。

釈迦仏教は、釈尊が創設された仏教教団が、その死後も、とぎれることもなく存続していたものである。この教団は在家の人々から財政的支援を受けていたが、教団の構成はすべて出家者ばかりであった。彼らは、先に述べたように、釈尊の教えと戒律を忠実に守っていた。

一方、仏陀仏教は、仏塔信仰から発生したものである。

釈尊が入滅されたとき、その遺骸は在家信者の手によって荼毘に付され、あとにのこった遺骨(これを仏舎利≠ニいう)を八等分して、これを八つのストゥーパ(仏塔)のなかに納めたのである。後世になると、この仏舎利をさらに細分してストゥーパが建立された。そして、民衆はこの仏塔に詣でては、ありし日の釈尊の遺徳をしのび、崇拝をつづけていた。そんな仏塔信仰のうちから、新たに仏陀仏教が芽生えてきたのである。

したがって、少し勘をはたらかせていただくとよいのだが、釈迦仏教と仏陀仏教とでは、釈尊なる存在のレーゾン・デートル(存在理由)がちがっているわけだ。その差を簡単に言えば、釈迦仏教においての釈尊は、教団の創始者であり、偉大なる聖者として崇拝をうけている。つまり人間=釈迦なのだ。わたしたち凡人とははるかに隔絶した存在ではあるが、基本的には人間である。そういった存在である。

ところが、仏陀仏教における釈尊は、もはや人間にあらざる存在である。ある意味で、キリスト教の神(ゴッド)に等しい存在が、仏陀仏教における釈尊なのだ。

こういうふうに言えば、わかっていただけるであろうか・・・・。

キリスト教では、唯一絶対の神(ゴッド)がまします。神は私たち人間の目にはみえない。その目に見えない神の子として、地上にイエス・キリストが降臨されたのである。イエスは人間の姿をとっておられたが、しかし、イエスは人間ではなかった。イエスは神であったのだ。

それと同じである。仏陀仏教では、絶対真理である仏陀(ブッダ)がまします。仏陀は私たち人間の目には見えない。その目に見えない仏陀の変身として、地上に釈尊が降臨されたのである。釈尊は人間の姿をとっておられたが、しかし釈尊は人間ではなかった。釈尊は仏陀であったのだ。

これが、仏陀仏教の釈尊観である。仏陀仏教の釈尊像である。釈迦仏教における人間=釈尊とはまったくちがった存在である。だから、釈迦仏教と仏陀仏教とは、同じではないのである。ある意味では、ユダヤ教とキリスト教ほどのちがいのある宗教である。もちろん、仏陀仏教がキリスト教で、釈迦仏教がユダヤ教に対比されるわけだ。


大乗経典−−−仏陀の語りかけ

仏陀仏教(大乗仏教)の哲学では、もう少し精緻な「仏陀論」を展開している。けれども、あまり煩瑣な議論を紹介して、読者の頭を痛めるというのもどうかと思うので、これくらいにしておく。人間=釈迦と、人間にあらざる仏陀としての釈尊とのちがいがわかっていただければ、それで充分である。

さて、そこで、最後に仏陀仏教の経典−−−いわゆる大乗経典−−−のことを、ちょっと弁明的に言っておかねばならない。仏陀仏教の経典は、後世の創作であり、したがって釈尊その人とは、なんの関係もない後人が勝手に捏造したものである、と批判を受けている。事実の問題としてはそのとおりであって、これは仏陀仏教(大乗仏教)を信奉している私たち日本人にとっては、どうにも肩身の狭いところである。

けれども、その点については、私はこのように考えている。仏陀仏教の経典(大乗経典)をつくった人たちは、実際に仏陀に見えて、仏陀の声を聞いたのだ、と。

彼らは、一生懸命に修行をして、深い瞑想体験に達することができた。その瞑想体験のなかで、彼らは直接仏陀に見えたのである。そして仏陀からの語りかけを聞き、自分が聴聞したまま文字に書き付けたのである。大乗経典が、「如是我聞」(かくのごとくにわれ聞けり)ではじまっている理由は、そこにある。ほんとうに彼らは、「かくのごとに聞いた」のである。聞いたまま書いたのだ。

だから、それは彼らの創作ではない。仏陀が語られたとおりを、彼らが書き綴っただけである。

それられを彼らの捏造だといえば、キリスト教の『新約聖書』も、ユダヤ教の『旧約聖書』も、イスラム教の『コーラン』も、すべてが人間の捏造になってしまう。『コーラン』は、マホメットの口を通じて語られたアラーの神の教えである。マホメットが自分勝手に捏造したものではないのだ。

だから、わたしは、大乗経典は仏陀の語られたものだと思っている。

「釈迦の読み方」 増原良彦 著 より


封印された釈迦の秘予言

釈迦如来の教えを著した仏教経典は、八万四千品といわれている。その中に『大方等大集月蔵経法滅盡品』がある。この経典こそ、釈迦が人類の終末思想を説いた戒告の教えで、「末法・法滅・五濁・三災などをもって、末法滅法の世に警告を発した予言書」である。

釈迦は仏教を広め、密教を創った開祖だが、哲学者、天文学者としてもすぐれた覚者で、また末法の世を救うために予言書を残していたのである。

仏典にあったノストラダムスを凌駕する大予言

あなたは仏教の経典といわれるものをいったいどれくらい知っているだろうか?『華厳経』『阿含経』『大般若教』『法華経』『大日経』『大涅槃経』などと、実際に読んだことはなくても名前だけは聞いたことがあるはずだ。

こうした経典の中に、現代の僧侶にも知られていない釈迦の教えを説いた経典が存在しているのだ。むしろ、ある種の畏れをもって扱われてきたといったほうがいいのかもしれない。

その経典の名は、『月蔵経』。

正確には『大方等大集月蔵経』と呼ばれる経典で、『大集経』の一部である。
月の蔵のお経≠ネどという名前なので、なんとなく詩的でロマンティックな感じを与えるが、実はノストラダムスの『諸世紀』も顔負けの、寒気をもよおす内容の経典なのである。

『月蔵経』の中でも、とくに「法滅盡品」(品というのは、一章、二章の章の意)の部分は、釈迦の大予言≠ニして昔から恐れられてきた。

語った釈迦自身でさえ、そのあまりに絶望的な内容が後世に与えられる多大な影響を危惧し、みだりに語ってはならないと、弟子たちに封印したとさえ伝えられている。その『月蔵経』が、歴史の流れの中でいま再び脚光を浴びようとしているのだ。


封印の書−−−『月蔵経』とは何か?

大正末期から昭和初期にかけて編纂され刊行された『大正新脩大蔵経』は、仏教の経典を網羅したわが国最大の『大蔵経』だが、この第13巻大集部『大方等大集経』の中に、「日蔵分」(『大乗大方日蔵経』と対になった形で、「月蔵分」(『大乗月蔵経』)が入っている。

これがいわゆる『月蔵経』で、月蔵菩薩が釈迦に問い掛ける問答のような形式で書かれている経典である。内容は、釈迦が去羅帝山において、比丘、菩薩をはじめ、多くの魔王、阿修羅、天、龍、鬼神などを教化して、帰仏させたことを中心に書いたものである。

全体は11巻20品(章)から成り、仏教特有空の思想と大宇宙の真理を中心とした教義がテーマになっている章や日常の実践を教示した章、古代インドの天文学が説かれている章などがある。が、中国に伝播されて以来、多くの僧や教団に関心を持たれた個所は、前章で述べた五堅固説の書いてある「分布閻浮提品」と、末法思想溢れる釈迦の預言が述べられている「法滅盡品」である。

『華厳経』が成道の仏、『法華経』が説法の仏、『涅槃経』が入滅の仏の経典とすれば、『月蔵経』が末法の仏の教訓であり、預言の経典といわれるのも、こうした章の存在があるからである。また『月蔵経』の恐怖伝説を生んだのもこのためである。

ノストラダムスの『諸世紀』も顔負けの書といわれる『月蔵経』の原典は難解な個書も多く、全体を引用しても冗漫なだけであるので、予言に関連した部分のみ抜粋することにする。

第7章にあたる「一切鬼神集会品」には、このようなことが書いてある。

「この世のあらゆる国に住む、悪天、龍、夜叉、羅刹、鳩槃茶、餓鬼、毘舎遮、加た富單那などは、非情で救い難い存在である。人々を助けることも、反省する心もない悪道非業の存在である。諸々の刹利、沙門、婆羅門、毘舎及び首陀をたぶらかし、獅子や象、虎や大蛇、非時、暴風雨、疫病、飢饉など起こして人々を苦しめる。
彼らは人々を殺害し、世の中を崩壊させ、あらゆる農作物を残害してしまい、正法の灯火を消してしまう。しかも地球上の一切衆生を絶滅させてしまう。このように、末法の世には悪業、悪鬼がまかり通って、滅法の世となるのである」

つまり、釈迦は2500年後の政治家、僧侶、財界人、軍人や戦争兵器までも『月蔵経』で見通して、世界最終戦争や天変地異による大厄災を予言し、警告したのである。


「法滅盡品」に描かれた地獄絵図

そしていよいよ「法滅盡品」である。

釈迦が月蔵菩薩に答えて言う。

「正法がこの世から姿を消し、悪法がはびこる世の中になると、彼の国土上の武将、指導者らは切り捨てられ、仏教の戒律も破戒されるので菩薩もいなくなり、諸天神も敬われないので、其の国は滅びることになる。

すなわち、悪龍、悪夜叉、羅刹、鳩槃茶らが国中にはびこり、人々を苦しめ災いを起こし、衆生の精気を奪い、その血肉を食らって、人類を絶滅させてしまうのである。良い指導者、僧侶、商人、首陀らは、国を護ろうとするが、諸々の悪鬼が地球上のあらゆる都市、町、山野に充満して、諸国の指導者、軍隊、民衆を惑乱させ、戦争を引き起こし破壊的な最終戦争へと突入させてしまう」

「人類が私の説いた正法を捨て、善行をやめ、貧欲のみに走り、仏、菩薩、天神も恐れず、悪行非業を重ねる時には、お互いの国を滅ぼす終末戦争が起こるだろう。また環境や自然を破壊するため、其の国は水は枯渇するだろう。その上、暴風雨の発生で大水害となったり、大飢饉によって花も咲かず実も結ばず、一切の農作物は全く実らなくなってしまう。

だから餓死する者はあとを絶たず、食料や資源の欠乏から人心は乱れ、まるで人類の終末を見るようなありさまとなるのだ。

人類は自分の手で国土を破壊し、遠くない将来に必ず絶滅してしまい、阿鼻獄に落ちて、三悪道の世界で想像を絶する苦しみを味わい、いつまでも地獄から抜け出すことはできないままとなる。

指導者はなすすべを知らず、民衆と司政者とは対立する。しかも司政者は自らの悪行非業によって国を滅ぼしてしまい、農作物は成熟しないばかりか、大早魃と大海水が発生する」


猛烈なる獣とは、現代的に解釈すれば、核兵器や化学兵器、原子炉大爆発やコンピュータ制御不能による大事故やそれに伴う大災害や大量殺戮戦争など、が猛威をふるうことになるだろう。

自他国の兵起こりという意味は、ソ連邦解体による共和国間の戦争などを含めた第3次世界大戦の予告とも考えられる。

曜入非営宿≠ニは、宿曜の星の位置が変わることで、地球の磁場逆転、地軸の逆転のことで、地球に氷河時代が到来することになる。

地震や火山の爆発によるマグマの大噴出、地殻プレートの大変動による国土の変形が起こるだろう。



『月蔵経』はまだまだ壮大な終末の世界を描き続ける。まるで現実に見てきたかのように、釈迦の言葉は詳細を極めている。単なる想像力では、これほどの迫真力のある描写ができるとは思えないほどだ。

仏教には「七仏通戒偈」という言葉がある。伝説によると、釈迦が悟りを開いて仏陀となる以前に、仏陀となった者が6人いたというのである。そして釈迦を加えた過去七仏には、共通する戒めの詩があったというのである。その偈とは次のものである。

諸悪莫作
衆善奉行
自浄其意
是諸仏教

その意味は、諸々の悪を行うことなく、すべての善を行い、自らの心を浄らかにせよ、これが諸々の仏たちの教えである。という意味である。
どんな難解で深遠な教義も、せんじつめれば仏教はこの一偈に帰するといわれるものなのである。

再び『月蔵経』から原文を引用してみよう。

「その時、虚空に大音響が鳴り響いて、大地震が起こり、あらゆるものは水車のように回り動いて崩壊するであろう。城壁は砕け崩れ落ち、人家はことごとく壊れて、樹木の根も枝も葉も花びらも果実も、それらの持っている薬味もすべて尽き果てるであろう。ただ、悟りを得た聖者の住むという浄居天を除いては、この地上のあらゆる人びとを養う七味、三精は残らず全て消滅してしまうであろう。また諸々の正しい教えを述べた多くの書物、経典も全て消滅するであろう。

また、大地に生ずる植物の花や実も成らなくなり、その味もまずくなるだろう。全ての水源もことごとく枯渇して、土地は塩分を含んで不毛の地となり、大地はひび割れて亀裂を生じ、全ての山は皆燃え上がり爆発を起こし、一滴の雨も降らなくなるだろう。穀物の苗はみな枯れて、その他の作物も全て消え失せ、雑草すら生えない大飢饉によって、地球上の全生物は死滅するだろう。空より土が降って昼は夜の如く、太陽も月も星も明るさを失って再び現れなくなるだろう。地球全土に大早魃が起こり、あらゆる大凶兆が現れると、万民の間に10種の大悪業や貧欲、瞋恚、愚痴の三毒が倍増して、人びとは父母に対しても、臆病な鹿が追われて自分だけが助かろうとするような、不孝な罪を犯すであろう。地球上の人びとの数も、寿命も、体力も、精気も、快楽も全て消え失せて、人間や天杖の楽しみが遠ざかり正法・善行が消滅し、地球上は全て地獄、餓鬼、畜生の三悪道に堕ち、すべての生物は絶滅してこの世から消滅するであろう。是の如く不善業を働く悪王、悪僧、悪人たちがわが正法を毀り壊って、人類が天上の道を損減するであろう。その時、万民をあわれみ救わんとする諸天善神も、この濁り乱れた悪国を捨てて、皆ことごとく他の国へ去るであろう」


と釈迦は警告している。

この釈迦の『大方等大集月蔵経法滅盡品』こそ、20世紀末の人類への警鐘であり、預言である。

釈迦入滅後2500余年間、いく度か先人たち(空海や日蓮)が、この『月蔵経』の封印を解いて公開し警告を発したが、時の政府や高官・指導者は耳を傾けず、人心を惑わすということで、再び封印して闇の中に閉じこめてしまった。このためにかなりの高名な僧侶でも『月蔵経』や『宿曜経』を知ってはいないし、学ぼうともしなかった。まして釈迦の預言(「法滅盡品」)や警告、教えについての書物も封印されて数少ない。

はたして釈迦は再び下生するか?

人類は本当に定められた未来から逃れることは出来ないのだろうか。破壊への道を救う救世主は現れないのだろうか。やすらぎの世界は訪れないのだろうか。

釈迦は降誕したときに「再びわたしは現れない」と宣言しているが、『大乗涅槃経』で「わたしはの入滅後、56億7000万年後には、わが正法を救うために弥勒菩薩を天上より下生させ、一切衆生を救うであろう」とも語っている。

釈迦が涅槃に入られたときに、弥勒菩薩に対して「今より56億7000万年経ったのちの世に、人間としてこの世に現れて、一切の衆生を救って欲しい」と誓願されているのである。そして今は兜率天において、正法が滅と変わる人類最大の危機まで、釈迦と共に待機しているのである。弥勒菩薩とは、釈迦から56億7000万年ののちに、竜華樹の下で悟りを得て、仏となるであろう授記を授けられた菩薩である。弥勒菩薩は未来仏なのである。

釈迦は、「この世に生きる全ての生きものを、巻き添えにするような人類の大罪状を許すことはできないが、必ずこれを救ってやりたい」として、弥勒と共に再び下生するかもしれない。そして、「やすらぎの世界」を造ってくれるのであろうことを念願したい。

人類が破壊するのも、生き残れるのも、全て人類が選択する道である。唯ひとつ言えることは、地球36億年の生命の頂点に立っている人類が、自らの手を染めて地球環境を破壊し、人類終末兵器を作り使って世界最終戦争を引き起こすという愚かなことを決してやってはならないし、地球上の罪のない全生物を、道連れにしてはならないことである。

そのために私は、ここに封印されていた『月蔵経』、『宿曜経』を敢えて公開したのである。必ず地球に「やすらぎの世界」が訪れることを念願してやまないからである。それには、1999〜2030年の人類最大の危機を、全世界の人びとが協力して無事にクリアすることが必要である。


「封印された釈迦の秘予言」福島裕鳳 著より抜粋


日本人に受け入れられなかった釈迦の出家主義

仏教も鎌倉時代に初めて日本人のものになった、と評価を下す人がいる。
それまでは律令と同じように外来の文化として百パーセント消化されていなかったものが、法然、親鷺、一遍、道元、日蓮といった鎌倉新仏教の担い手によって、初めて日本文化として完成された、という考え方である。
しかし、やはりこれは極端な見方であって、武家政治の確立の前に「日本的な律令政治」という前段階があったように、鎌倉新仏教の前にはやはり「奈良・平安旧仏教(?)」という前段階があった。つまり、それも「日本史のうち」なのである。

もちろん、ここで言う「前段階」とは、むしろアンチテーゼに対するテーゼという意味であって、どちらが優れているという問題ではない。

政治の場合は、律令政治よりも武家政治の方が優れていると言い得るかもしれないが、宗教の場合は優劣の判断は難しい。たとえば「大衆化」という基準を持ち出し、その基準に対する優劣を問うことは可能だ(もちろんこの点では平安仏教より鎌倉新仏教の方が圧倒的に優れている)。しかし、一般的に優劣を問うことは不可能である。宗教は政治制度でも工業技術でもない。「古いから遅れている」とは決して言えないのである。

さて、鎌倉新仏教を理解するためには、それ以前の仏教を一通り理解しておく必要がある。といっても、仏教がインドの入釈迦(ゴータマ・シッダルタ)によって始められたのは紀元前五〇〇年前後(紀元前6世紀か5世紀か、について諸説がある)のことだから、それから鎌倉時代まではなんと千七百年もあり、今までこの『逆説の日本史』シリーズで取り上げた時間よりも長いのである。

その間の「仏教史」を述べるのは容易ではない。詳細に書けばそれこそ一冊どころか数冊の本になってしまう。

だが、あえてその困難に挑み、できるだけ単純化して鎌倉以前の仏教史を述べてみよう。そうしないと鎌倉新仏教の意義が理解できないのである。

まず、肝心なことを一つ。

釈迦が始めた仏教(原始仏教ともいう)は今日本で行なわれている「仏教」とは、まったくと言っていいほど違うものだということである。

では、釈迦の仏教とはどんなものか。

簡単に言えば解脱を求めることだ。

解脱とは輪廻から脱することで、悟りを開くことでもある。

古代インドには、入間(生物)はその生涯の終わりに「死ぬ」のではなく、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上という六つの世界)を永遠に巡る(輪廻する)ものだと考えられていた。

「永遠の生」を古代インド人は「苦しみ」ととらえた。そして、その苦しみから脱する(解脱する)方法を求めた。

釈迦は初め苦行によって、それを求めようとしたが、その考え方が問違っていることに気付き、とある木の下で悟りを開いた。そのために、その木のことを今でも「菩提樹(菩提は古代サンスクリット語<梵語>で悟りの意味)」という。

ちなみに「オウム真理教」は「解脱」を最終目的とするところが原始仏教と共通しているが、原始仏教は苦行はおろか「人を殺す」ことなど一切認めていない。この点がまったく違う。ただ、解脱を目指す宗教は新興宗教の中では珍しい部類に属するので、一知半解の宗教学者や大学教授が「注目」したのである。

ところで、「生」が苦しみではなく「快楽」であると考える現世肯定的な民族もいる。

中国人がその代表で、彼等は仏教が入ってきた時に、初めて輪廻の思想(これは仏教思想というよりは仏教以前からあった古代インド思想)に触れ、これを喜ばしいことととらえた。そのココロは「永遠に生きられる」からである。

しかし、釈迦はむしろそのことを「苦しみ」とする古代インド思想を前提に、悟りを開いたのだ。

四苦八苦(苦しみ悩むこと)という言葉が、今も日本語の中にあるが、これはもともと仏教語で「四苦」とは「生(生きること)」「老(老いること)」「病」そして「死」という人聞の四大苦痛を現わしており、「八苦」とはその「四苦」に「愛別離苦(愛する者と別れる苦しみ)」「怨憎会苦(敵と遭遇する苦しみ)」「求不得苦(欲しいものが得られない苦しみ)」「五陰盛苦(あらゆる感覚〈五陰〉から受ける苦しみ)」、の四つの苦を足したものだ。
この苦しみをどうやって脱するか。

釈迦によれば、そういう「苦」が生じるのは、もともと万物は無常(諸行無常)であるのに、これを永遠・絶対のものと錯覚するからなのである。
無常(諸行無常)とは、日本人はよく誤解しているが「ああ無情」の「無情」とは違う。「情が無い」のではなく、この世に常なる(永遠に不変な)ものは何もない、ということである。

人間はいつかは必ず死ぬ、組織も国家も、長い歴史を見ればわかるように、いつか無くなる。いま「長い歴史」と言ったが、地球が出来てから現代までを「一年」にたとえると、イエス・キリストが生まれるのが十二月三十一日の午後十一時を過ぎてから、だそうだ。人間の歴史などほんの一瞬のことなのである。


皮肉な言い方をすれば「永遠の愛」も「不滅の組織」も無い。そういうものがあると思うから人は苦しむのだ、というのが釈迦の教えである。

そういう「誤解」への執着を捨てた状態、欲望の燃えさかる炎が消えた状態を涅槃(ニルヴァーナ)という。後に、釈迦の死が涅槃(正確には入涅槃<浬桀に入る>)と表現されるようになるが、本来の意味はこういう状態のことを指す。

それどころか釈迦は、そういうことを考えている自身をも、「無」だとした。つまり無我である。我(個性の根源)の存在自体を疑った宗教者はそれまで誰もいなかった。

釈迦以前のインドで広く行なわれたバラモン教では、宇宙の真理(これを「梵」と呼ぶ)が自我と一致すること(梵我一如)が一番大切なことと説かれていた。それを釈迦は否定したのだ。

要するに、この世のすべての事物・現象は「空」なのである。空とは実体が無いということだが、むしろ「無実体」なものこそ物質的存在なのである。

『般若心経』にある最も有名な一句「色即是空、空即是色」とはこのことを言っている。
現代語に訳せば「この世の一切の物質的存在は空(実体が無い)であり、実体が無いものこそ物質的存在(色)なのである」ということである。

少し、大乗仏教に入ってしまった。実は釈迦はそこまで詳しくは言っていない。

ただ彼は歴史上初めて、その真理を悟り仏陀となった。仏陀というのは古代サンスクリット語の中国音訳(当て字)であり、意訳(普通の訳)なら覚者となる。共に「悟りを開いた者」の意味だ。

空は、たとえて言えば数字の「O」である。「O」自体は「無」だが、「O」という概念
はある。また「O」あるがゆえに「1」も「2」も存在する。

実は「O」を発見したのは古代インド人なのである。もちろんこれは偶然ではない。

とにかく釈迦は悟りを開き、仏陀となって解脱に成功した。

では、われわれは、どうすれば解脱できるのであろうか?

実は、その具体的な方法については、釈迦はほとんど教えてくれてはいないのである。


聖書やコーランを読むと、なんと親切なことだろうと感じ入ってしまう。人語でもってそれも平易な表現で入の暮らしの規律をこまごまと教えてくれているのである。
こういうのを、啓示宗教という。(中略)
仏教には、啓示はない。
解脱だけを目的としている。解脱とは煩悩から解き放たれることで、本来の仏教というのは、極端にいえば解脱の必要と、そのための多少の方法しか説いていない。
(中略)
ここでちょっと小声でつぶやきたくなるのだが、サトリ(解脱)などは、何百万人に一人の天才にして可能なものであるのに、釈迦さんはどういうつもりで法をすすめてまわったのだろう。大衆の中に、百万人に一人が必ずいると信じて説かれていたのだろうか。(『この国のかたちA』司馬遼太郎著中央公論社刊)


釈迦が説いた「多少の方法」に八正道がある。

八正道とは、人間が実践すべき正しい八つの道ということで、正見(正しいものの見方)、正思惟(正しい心の持ち方)、正語(正しい言葉遣い)、正業(正しい行ない)、正精進(正しい努力)、正命(正しい生活)、正念(正しく教えを解する)、正定(正しい禅定〈座禅して瞑想すること〉)をせよ、と釈迦は説いている。しかし、では、そのために具体的にはどうすればいいかということは、決して細かく教えてくれているわけではない。

オウムの信者の中に、麻原彰晃こと松本智津夫の指導の下に修行していたら、光明が見えたり妙なる音楽が聞こえたと言う入々がいる。これを嘘だと思ってはいけない。人間は、本当に苦行をすればそういうものが見えることがあるのだ。これは大脳生理学のような学問分野で真剣に研究してよいことだが、善悪とは別にそういう現象が起こるがゆえに、「邪教」に走る人も出てくる。

日本の仏教の中で、釈迦の説に最も近いとされるのは禅宗の曹洞宗だが、昔から禅宗ではこういう誤った「悟り」に陥らないように、必ず優れた指導者の下で座禅を行なうという体制を整えてきた。

逆に言えば、釈迦はそういう注意もしてくれてはいない。
不親切その通りである。

釈迦の仏教は、解脱は目指しているが救済は目的ではない。

これは大変なことである。

ほとんどの宗教は「救済」を目的としている。

正確に言えば、釈迦の仏教も「個人」は救済の対象になる。悟りを開けば「苦」から解き放たれ「救済」されたことになる。

しかし、自分以外の他人は救うことはできない。

それに、釈迦の方法は「出家主義」である。家を捨て社会を捨てなければ、「自己を救済」することはできず、しかも、それをしても広く他人を救済することはできない。

それはおかしい、ということで出来たのが大乗仏教だ。

そして、日本人が今「仏教」と呼んでいるものの実質は、釈迦の仏教ではなく大乗仏教なのである。

「逆説の日本史」 中世神風編 井沢元彦 著 より


薬師三尊像の装身具が表現する大乗仏教の新概念

現在日本で行なわれている「仏教」のほとんどすべては大乗仏教であって、釈迦の始めた仏教(原始仏教)ではない。

まず、これをしっかりと頭の中に叩き込んでもらいたい。でないと、話が先に進まないのである。

大乗経典は、すべて釈迦とは何の関係もない。
と、精密に論証したのが江戸中期の比較哲学者富永仲基で、富永の説はいまも論破されていない。
最澄が重んじた法華経も、法然・親鸞が所依の経典である阿弥陀経も、みな後人の作であって仏教ではないと富永はいうのである。(引用前掲書)


これを大乗非仏説という。

あるいは抗議の声が出てくるかもしれない。

「ウチの宗派では釈迦如来を拝んでいる」と。

しかし、実は「拝んでいる」ことが問題なのである。

解脱はすばらしい。しかしただの人間にそれを望むべくもないとあれば、いっそ解脱した入を拝むことにすればどうか、ということが大乗仏教の出発だった。釈迦にとっていい面の皮だったろう。かれは死後"神"として拝まれるなど、思いもよらなかった。

釈迦は、サトリをひらいてから、みずからを如来と称したが、べつにえらぶってそう自称したわけでもなく、また当時"如来"ということばもそのような神秘的意味はなかった。単に法(真理)と一体化した人、という意味で、げんにこの人は、死んだ高弟をよぶ場合も、如来という敬称をつかったそうである。(引用前掲書傍線引用者)

原始仏教は大乗仏教になって質的に大転換を遂げた。
ようになる。その違いを図示すれば次ページのたとえば大乗仏典の一つである法華経では、釈迦が登場し法(教え)を説く。しかし、この釈迦は歴史的実在としての釈迦ではなくて、信仰上の対象である釈迦如来なのである。久遠実成の釈迦ともいう。つまり、釈迦という如来は永遠に存在しており、たまたま現世(われわれの属する宇宙)に現われた時に、ゴータマというインドの王子の姿をとっていた、という考え方だ。釈迦はこの「インドの王子」の時代に悟りを開いた。つまり解脱した。解脱してしまえば輪廻からはずれた超越的な存在(11神)になる。したがって、また別の世界で法を説いて(説法して)もいいわけである。しかし、それは「歴史的実在としての釈迦」の言葉ではない。それを富永仲基は「区別」したのだ。

では、そもそも「大乗」とはどういう意味か。

サンスクリット語では、マハー・ヤーナという。マハーは「大」、ヤーナは「乗り物」という意味である。つまり、バスや電車のようなものだと思ってくれればいい。一方、これの反対語である「小乗」は小さな乗り物、それも一人しか乗れない自転車とかバイクのようなものである。

実は「小乗」とは大乗仏教側から従来の仏教に対してぶつけられた「悪口」なのである。

つまり「アイツらは自分の解脱しか目指していない。解脱することによって自分自身は救済されても、他の大勢の人間はどうするのだ?一人だけ自転車に乗って先に行っていいのか。われわれは大衆と共にバスに乗ってサトリを目指す。それは結局大勢の人間に対する救済となる」、ということである。

「中国」を「支那」と呼ぶことは別に差別でも何でもない。誤解している人がいるが、これはChina(英語でチャイナ)、つまり秦の音訳なのである。差別的なニュアンスはもともと無い。しかし、「小乗」は明白な差別語である。そこで二十世紀になってから、仏教徒の世界会議で「小乗」という言葉は使わないという申し合わせがなされた。今では部派仏教(上座部仏教)という。これは、釈迦の死より百年後、「個人の解脱よりも大衆の救済」を目指した改革派(これを大衆部という)と、従来の釈迦の教えを守る保守派との対立が起こった時、この保守派のことを上座部(上座に座る長老たちという意味だろう)と呼んだが、ここからさらに分派が多数成立したためこのように呼称されることになったのである。

大乗仏教 原始仏教
(大衆の)
救済
(個人の)
解脱
目的
如来への信仰 自力による修行 手段
法華経、阿弥陀経など後世作られた教典 法句経、阿含経など釈迦自身の言葉 教典


「小乗」を歴史用語として使うのはかまわないが、タイやスリランカに行って、現在行なわれている信仰を「小乗仏教」と呼んではならないということでもある。

この上座部と大衆部の分裂のことを、特に「根本分裂」と言うが、この大衆部が発展して大乗仏教を生み出したのである。

大乗仏教では「個入の解脱よりも大衆の救済」と言ったが、それは悟り(解脱)を求めないということではない。

部派(小乗)仏教では、個人個人が悟りを求め、悟りに達した入は尊敬を込めて「阿羅漢」と呼ばれる。あくまで一入一人が出家して修行して阿羅漢になることが部派仏教の目的である。ちなみに五百羅漢はこの人々を表現した像である。

これに対して大乗仏教ではよく「上求菩提、下化衆生」と言う。修行して悟りを求めながらも同時に大衆も救済するという意味で、決して悟りを放棄したわけではない。

ただ、ここのところはかなり微妙で、日本をよく知る外国入はよく日本の仏教を「大乗の大乗、すなわち大乗の二乗」だという。なぜ、そんなことを言われるのか。後ほど述べることになるが、ここで部派仏教からの「大乗」への批判を述べれば、次のようになろうか。

「大乗、大乗というが、自分自身をも救うことができない者が、どうして他入を救うことができようか。あの偉大な釈迦ですら厳しい修行の後にようやく悟りを開いたのだ。われわれにできることは、家も捨て家族も捨て一切のしがらみを捨てて修行し、一歩でも釈迦の境地に近付くことしかない」

念のために言うが、厳しい修行とは決して苦行を意味しない。それはオウム的曲解で、これは自己をみつめる厳しさという意味である。

それはともかく、これに対する大乗側のそして鎌倉新仏教の解答の一つが、親驚の「善入なおもて往生を遂ぐ、況んや悪人をや」だが、この解説は今は伏せておく。

しかし、いわゆる大乗仏教の僧侶の頭の中には常にこの問いがあったことは間違いない。

菩薩とはこの問いに答えるために考え出された概念といってもいい。

本来、菩薩とは如来になる以前の釈迦のことを言った。つまり仏陀(如来)としては未完成だが、人間としては格段に優れている存在である釈迦だ。

ところが、大乗仏教が発展する中で、菩薩とは自ら修行し悟りを求めつつも、衆生(大衆)をも救う存在として、いわば信仰の対象として理想化された。
たとえば、「観音さま」も「お地蔵さん」も、本来は観音(観世音)菩薩であり地蔵菩薩だ。

多くの寺で見かける仏像の配置に、三尊形式というのがある。これは中央に格の高い仏を安置し、両脇に一段下の仏を置く(これを特に脇侍という)形式だが、この場合、中央が如来ならば両脇には菩薩を置く決まりになっている。脇侍仏は中央の如来によって異なる。

たとえば中央が釈迦如来なら脇侍は文殊菩薩と普賢菩薩であり、阿弥陀如来なら観音菩薩と勢至菩薩。薬師如来なら日光菩薩と月光菩薩と決まっている。

次頁の写真は、右名な奈良薬師寺の薬師三尊像だが、頭のところをよく見て頂きたい。
中央の薬師如来は髪がいわゆる「螺髪」になっている。これは出家修行者の頭髪の形態を写しているのだ。簡単に言えば「天然パーマのインド人の剃り落とした髪が少し伸びてきた状態」である。

これに対して菩薩は長い髪を髭にして結っている。しかも、服装の対比が面白い。如来は衣一枚で何の装身具もつけていないが、菩薩は冠をつけ首飾りや腕飾りを身につけているのである。

これは菩薩が悟りを開く以前の釈迦、つまりインドの王子の風俗をモデルにしているからだが、同時に菩薩の人間性をも表現しているのだ。

菩薩は、如来と普通の人間の中間的存在ということを、アクセサリーで表現しているのである。

もっとも、仏教とは、ある意味で「例外のかたまり」のような宗教である。
如来は「飾りをつけない」といったが、実は宝冠如来という、「飾りをつけた如来」もある。逆に、僧の形をとり簡素な姿をした地蔵菩薩もある。
だから、これから述べることは、あくまで原則であり、例外はいくらもあるということも理解して頂きたい。

早い話が、大乗仏教そのものも原始仏教から見れば「例外」なのだ。

ただ、どうしてそんなに例外が多いのかということについては、少し説明が必要だろう。キリスト教やイスラム教ではそんなことはないからだ。

たとえば「神」にしても、キリスト教やイスラム教は文字通り「一神教」であって、神は一つしかない。天使や聖者は神ではない。

だが、仏教では、釈迦如来以外にも、阿弥陀や薬師や大日如来といった、釈迦と同格(あるいはそれ以上)の如来がいる。如来だけではなく観音や地蔵などの菩薩も信仰の対象になる。そればかりか不動明王や愛染明王のような明王があり、フーテンの寅さんで有名な帝釈天や弁財天(弁天)や聖天などの「天」も仏教の神様(?)として礼拝されている。

また、如来でも菩薩でもないのに、仏同然の信仰の対象になる「人」もいる。たとえば聖徳太子がそうだ。聖徳太子は生まれてすぐに合掌して「南無仏」と言ったという伝説があって、その姿を現わした像が多く造られたが、その像のことも「仏像」という。

本来、仏像と言えるのは「仏」の像である如来像、および拡大解釈して菩薩・明王までである。帝釈天など「天」のつくのは本来インドのバラモン教の神様であって、日本で言えばアマテラスやオオクニヌシのような土着の神様だが、仏教に帰依したためにその守護神とされたのである。

どうしてこんなに「神」の範囲が広がっていくかといえば、まず如来は造物主(創造神=ザ・クリエーター)ではないからだ。造物主とは第二巻(『古代怨霊編』「聖徳太子編」など)で何度も述べたように万物(生物も含む)すべてを作った神のことだ。造物主ならば一か少数に限定される。少なくとも、人間は神にはなれない。子供が自分を産んだ親になることができないように、人間はそれを産んだ神になることはできない。

しかし、如来とは「悟りを開けばなれる者」なのである。そうである以上、歴史的実在の釈迦の他に、悠久の時の中で釈迦とは朋に悟りを開いて、仏陀となった者がいてもおかしくはない。

それが阿弥陀であり薬師なのだ。

もしこれがキリスト・イスラム系の宗教なら、このような考え方は「異端」として厳しく排除される。中世なら死刑、現代でも破門は免れない。

だが、前に述べたように仏教は「啓示宗教」でないがゆえに、かなり自由な解釈ができる。

ごくごく簡単に言ってしまえば、鎌倉新仏教も、大乗仏教の「一つの自由な解釈」なのである。

「逆説の日本史」 中世神風編 井沢元彦 著 より